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エントリーNO.61
岩波文庫を1ページ読書

           解説文(「岩波文庫解説総目録」より引用)
風車を巨人と、宿屋を城と、囚人たちを暴政の犠牲者と思いなし、 破れても打たれても、ことあるごとに「悪」を見出しては突き進むドン・キホーテ---- 自らを戯作者と卑下していたセルバンテス(1547-1616)が、 彼の分身として誕生せしめたドン・キホーテがハムレットと並んでひとつの不朽な人間類型とまで成長したことは彼自身にとってまったく意外のことであった。

発行
 岩波文庫 1988年9月5日 第43刷
著者名
 セルバンテス
タイトル
 ドン・キホーテ 全6冊
                    上記著作より、本文書き出し1ページを引用

    一 の 巻
  第一  名もとゞろく郷士ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャの
       人となり身のわざを説きしめす章
 ラ・マンチャ県のさる村、名は思い出したくもない村に、さほど前のことでもなく、 (やり) かけに槍、 古びた (たて) 、ひょろひょろ馬にはしっこい狩犬をそろえた、型のごとき郷士が住んでいた。 昼は羊肉よりも牛の勝った煮込み、たいていの晩は昼の残り肉へ玉ねぎなど刻みこんだサラダ、 土曜日に塩豚の玉子あえ、金曜日にレンズ豆、日曜だと 小鳩(こばと) の一皿ぐらいそえて、 それだけに収入の四分の三が消えた。残るところは、 厚羅紗(あつらしゃ) の長マント、 物日(ものび) 用びろうどのズボン、 同じ (きれ) (くつ) カバーにつかい、 週のふだんの日には、極上のぺリョリ織ですましていた。家には、四十を越した家事婦と、 はたちにとゞかぬ (めい) と、 野良(のら) 働きや使い歩きの若者がいた。 この若者がまた、馬の 鞍置(くらお) きもしたし、 () の枝の刈込もした。 さて、わが郷士は年が五十に近かった。丈夫な骨ぐみで、肉がしまり、やせた顔をして、大の早起き、そうして、狩りずきだった。 苗字(みょうじ) は、キハーダまたはケサーダだったと言われている。 この事を書いている人たちの記述がまちまちなのだ。しかし、信じてもよい推定では、ケハーナといったことがうなずかれるのだ。

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