エントリーNO.549
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ヴィヨンの妻・桜桃

解説文(「岩波文庫解説総目録」或いは、表紙より引用)

傷つきやすい心を持つがゆえに飲んだくれずにいられない詩人の動静を、何事にも拘泥せずに問題を解決してゆく妻の口を通して語る『ヴィヨンの妻』、 互いの苦痛を理解しながら冗談に紛らわして辛うじて家庭を営む夫婦を描いた『桜桃』。 どの作品にも、緻密な構成のなかに、笑いと道化によって生きる苦しみを表現した太宰治(1909-1948)の文学がある。(解説=小山清)

発行
岩波文庫 1992年10月16日 第23刷
著者名
太宰 治 (だざい おさむ)  
タイトル
ヴィヨンの妻・桜桃 (ヴィヨンのつま・おうとう) 他八篇  
 
上記著作より、本文書き出し1ページを引用

  日の出前
 昭和のはじめ、東京の一家庭に起こった異常な事件である。 四谷(よつや) 区某町某番地に、 鶴見仙之助(つるみせんのすけ) というやや高名の洋画家がいた。そのころすでに五十歳を超えていた。 東京の医者の子であったが、若いころフランスに渡り、ルノアルという巨匠に師事して洋画を学び、帰朝して日本の画壇において、かなりの地位を得る事ができた。 夫人は 陸奥(むつ) の産である。教育者の家に生まれて、父が転任を命じられるたびごとに、一家もともに移転して諸方を歩いた。 その父が東京のドイツ語学校の主事として栄転して来たのは、夫人の十七歳の春であった。まもなく、世話する人があって、新帰朝の仙之助氏と結婚した。一男一女をもうけた。 勝治(かつじ) と、 節子(せつこ) である。 その事件のおこった時は、勝治二十三歳、節子十九歳の盛夏である。
 事件はすでに、その三年前から 萌芽(ほうが) していた。仙之助氏と勝治の衝突である。仙之助氏は、小柄で、上品な紳士である。 若いころには、かなりの毒舌家だったらしいが、いまは、まるで無口である。家族の者とも、日常ほとんど話をしない。用事のある時だけ、低い声で、静かに言う。
むだ口は、言うのも聞くのも、きらいなようである。 煙草(たばこ) は吸うが、酒は飲まない。アトリエと旅行。仙之助氏の生活の場所は、その二つだけのように見えた。 けれども画壇の一部においては、鶴見はいつも金庫のそばで暮らしている、という奇妙なささやきもかわされているらしく、とすると仙之助氏の生活の場所も合計三つになるわけであるが、そのようなささやきは、貧困で自堕落な画家の間にだけもっぱら流行している様子で、れいのヒステリイの 復讐的(ふくしゅうてき) 嘲笑(ちょうしょう) に過ぎないらしいところもあるので、そのまま信用する事もできない。


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