エントリーNO.547
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ふらんす物語

解説文(「岩波文庫解説総目録」或いは、表紙より引用)

明治四〇年七月、二七歳の荷風は四年間滞在したアメリカから憧れの地フランスに渡った。 彼が生涯愛したフランスでの恋、夢、そして近代日本への絶望---- 屈指の青春文学の「風俗を壊乱するもの」として発禁となった初版本(明治四二年刊)を再現。(解説=川本皓嗣)

発行
岩波文庫 2002年11月15日 改版第1刷
著者名
永井 荷風 (ながい かふう)  
タイトル
ふらんす物語 (ふらんすものがたり)  
 
上記著作より、本文書き出し1ページを引用

  「フランスより」〔『あめりか物語』附録〕
  船と車
 ニューヨークを出て 丁度(ちょうど) 一週間目、 () の十時半に初めて、フランスのアーブル港に着した。
 自分は船客一同と共に、 晩餐後(ばんさんご) は八時半頃から、 甲板(かんぱん) に出て、次第に () () める水平線のかなたはるかに、 星かと見ゆる燈火をば、あれがアーブルの港だ、といって 打眺(うちなが) めていたのである。
 海は () (しずか) で、空は晴れて、しかも陸地へ (ちかづ) きながら、 気候は七月の末だというのに、霧や雨で非常に寒かった大西洋の沖合と、まだ少しも変りはない。 自分は航海中着ていた薄地の 外套(がいとう) をば、まだ () がずにいる。
 見渡す海原の、かなたこなたには 三本檣(さんぼんマスト) の大きな漁船が往来している。 無数の 信天翁(あほうどり) が、消え行く 黄昏(たそがれ) の光の中に、 木葉(このは) (ごと) 飛交(とびちが) う。 遠い沖合には、汽船の 黒烟(こくえん) 一条二条(ひとすじふたすじ) と、長く尾を引いて (ただよ) っているのが見える。----どうしても陸地へ近いて来たという気がする、と同時に、海の水までが非常に優しく、 人馴(ひとな) れているように見え初めた。


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