エントリーNO.539
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倫敦塔・幻影の盾

解説文(「岩波文庫解説総目録」或いは、表紙より引用)

留学体験に取材した『倫敦塔』、アーサー王時代の物語『幻影の盾』など七つの短篇。 同時期の『猫』と全く異質なこれらの作品の世界はユーモアや諷刺の裏側にひそむ漱石の「低音部」であり、やがてそれは彼の全作品に拡大されてゆく。
(解説=江藤 淳 、注=石井和夫)

発行
岩波文庫 1990年4月16日 第23刷
著者名
夏目 漱石 (なつめ そうせき)  
タイトル
倫敦塔・幻影の盾 (ろんどんとう・まぼろしのたて) 他5篇  
 
上記著作より、本文書き出し1ページを引用

    倫敦塔
 二年の留学中ただ一度 倫敦塔(ロンドンとう) を見物した事がある。 その後再び行こうと思った日もあるがやめにした。 人から誘われた事もあるが (ことわ) った。 一度で得た記憶を二返目に 打壊(ぶちこ) わすのは (おし) い、 三たび目に (ぬぐ) い去るのは (もっと) も残念だ。 「塔」の見物は一度に限ると思う。
 行ったのは着後間もないうちの事である。その頃は方角もよく分からんし、地理などは (もと) より知らん。 まるで 御殿場(ごてんば) (うさぎ) が急に 日本橋(にほんばし) の真中へ (ほう) り出されたような心持ちであった。 表へ出れば人の波にさらされかと思い、 (うち) に帰れば汽車が自分の部屋に衝突しはせぬかと疑い、朝夕安き心はなかった。 この響き、この群集の中に二年住んでいたらわが神経の繊維も (つい) には (なべ) の中の 麩海苔(ふのり) の如くべとべとになるだろうとマクス・ノルダウの『退化論』を今更の如く大真理と思う折さえあった。
 しかも () は他の日本人の如く紹介状を持って世話になりに行く (あて) もなく、また在留の旧知とては無論ない身の上であるから、 恐々(こわごわ) ながら一枚の地図を案内として毎日見物のためもしくは 用達(ようたし) のため出あるかねばならなかった。 無論汽車へは乗らない、馬車へも乗れない、滅多な交通機関を利用しようとすると、どこへ連れて行かれるか分らない。 この広い倫敦を 蜘蛛手(くもで) 十字に往来する汽車も馬車も電気鉄道も鋼条鉄道も余には何らの便宜をも与える事が出来なかった。 余はやむをえないから四ツ角へ出る (たび) に地図を (ひら) いて通行人に押し返されながら足の向く方角を定める。


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