エントリーNO.528
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冥途・旅順入城式

解説文(「岩波文庫解説総目録」或いは、表紙より引用)

いまかいまかと怯えながら、来るべきものがいつまでも現れないために、気配のみが極度に濃密に先鋭化してゆくーーー 生の不安と不気味な幻想におおわれた夢幻の世界を描きだした珠玉の短篇集。 漱石の「夢十夜」にも似た百聞文学の粋。(解説=種村季弘)

発行
岩波文庫 1990年11月16日 第1刷
著者名
内田 百聞 (うちだ ひゃっけん)  
タイトル
冥途・旅順入城式 (めいど・りょじゅんにゅうじょうしき)  
 
上記著作より、本文書き出し1ページを引用

    冥途
 花火
 私は長い土手を伝って 牛窓(うしまど) の港の方へ行った。 土手の片側は広い海で、片側は浅い入江である。入江の方から背の高い (あし) がひょろひょろと生えていて、 土手の上までのぞいて居る。向うへ行く程蘆が高くなって、目のとどく見果ての方は、蘆で土手が埋まって居る。
 片方の海の側には、話にきいたこともない大きな波が打っていて、崩れる時の地響きが、土手を底から震わしている。 けれどもそんなに大きな波が、少しも土手の上 (まで) 上がって来ない。私は彼と蘆との間を歩いて行った。
  (しば) らく行くと土手の向こうから、柴の (はかま) をはいた顔色の悪い女が一人近づいて来た。 そうして丁寧に私に向いて御辞儀をした。私はみたことのある様な顔だと思うけれども思い出せない。私も黙って御辞儀をした。 するとその女が、しとやかな調子で、御一緒にまいりましょうと云って、私と並んで歩きだした。女が今迄歩いて来た方へ戻って行くのだから、私は (あや) しく思った。 丁度私を迎えに来た様なふうにものを云い、振舞う。しかし 兎も角(と   かく) もついて行った。 女は私よりも二つか三つ年上らしい。
(サイト管理人 注 「怪しく」怪の俗字出力できず)


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