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エントリーNO.520
岩波文庫を1ページ読書
トニオ・クレエゲル

解説文(「岩波文庫解説総目録」或いは、表紙より引用)

「最も多く愛する者は、常に敗者であり、常に悩まねばならぬ」----文学、そして芸術への限りないあこがれを抱く一方で、 世間と打ち解けている人びとへの羨望を断ち切ることができないトニオ。 この作品はマン(1875-1955)の若き日の自画像であり、ほろ苦い味わいを堪えた<青春の書>である。
(解説=濱川祥枝)

発行
岩波文庫 2003年9月17日 第1刷
著者名
トオマス・マン  
タイトル
トニオ・クレエゲル  
 
上記著作より、本文書き出し1ページを引用

 冬の太陽は僅かに乏しい光となって、層雲に (おお) われたまま、 白々と力なく、狭い町の上にかかっていた。 破風(はふ) 屋根の多い小路小路はじめじめして風がひどく、 時折、氷とも雪ともつかぬ、柔らかい (あられ) のようなものが降って来た。
 学校が 退() けた。舗石の敷いてある中庭を越え、格子門を潜って、自由になった者たちの幾群は、 潮のように流れ出すと、互いにわかれて右へ左へ急ぎ去った。 年かさの生徒たちは、昂然と本の包みを高く左の肩に押しつけたなり、風に向かって、昼飯を目あてに、右腕で舵を取ってゆく。 小さい連中は快活に駈け出して、氷のまじった汁を四方にはねかえしながら、学校道具を 海豹(あざらし) 皮の 背嚢(はいのう) の中でがらがらいわせながらゆく。 しかし折々、充容と歩を運ぶ教諭のウォオタンのような帽子とユピテルのような (ひげ) をみると、 みんな神妙な眼つきでさっと帽を脱いだ・・・
 「ようやっと来たね、ハンス」と、長いこと車道で待っていたトニオ・クレエゲルが言った。微笑を浮かべながら、彼は友を迎えて進み出た。


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