エントリーNO.517
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日輪・春は馬車に乗って

解説文(「岩波文庫解説総目録」或いは、表紙より引用)

新感覚派の驍将として登場した横光(1898-1947)は、つぎつぎと新しい小説形式に挑戦したが、戦争のよって不幸にも挫折した。 だが現在の文学状況の中で、横光の試みは今もなお課題たりうる多くのものを含んでいる。 表題2作のほか初期短篇7篇と「機械」を収める新たな編集による短篇集。
解説=川端康成、保昌正夫

発行
岩波文庫 1984年5月20日 第4刷
著者名
横光 利一 (よこみつ りいち)  
タイトル
日輪・春は馬車に乗って (にちりん・はるはばしゃにのって) 他8篇  
 
上記著作より、本文書き出し1ページを引用

    火
      一
 初秋の夜で、 (めす) のスイトが 縁側(えんがわ) 敷居(しきい) の溝の中でゆるく触覚を動かしていた。 針仕事をしている母の前で 長火鉢(ながひばち) にもたれている子は頭をだんだんと垂れた。 鉄壜(てつびん) の手に触れかかると半分眼を開けて急いで頭を上げた。
 「もうお寝。」
 母は 縫目(ぬいめ) をくけながら子を見てそういった。子は黙って眼を大きく開けると再び鉄壜の (ふた) 取手(とって) を指で廻し始めた。母はまたいった。
 「明日また遅れると先生に叱られるえ。」
 子はやはり黙っていた。そして長らくして、
 「 (ねむ) たいわァ。」といった。
 「そうやでお (ねむり) っていうのやないの。」
 「いやや」
 「お () しい子やな、 () ようお眠んかいな。」


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