エントリーNO.516
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二重人格

解説文(「岩波文庫解説総目録」或いは、表紙より引用)

主人公は小心で引っこみ思案の典型的小役人。家柄も才能もないが、栄達を望む野心だけは人一倍強い。 そんな内心の相克がこうじたあまり、ついにもう一人の自分という幻覚が現れた! 精神の平衡を失い発狂してゆく主人公の姿を通して、 管理社会の重圧におしひしがれる都市人間の心理の内奥をえぐった巨匠(1821-81)の第2作。

発行
岩波文庫 1998年6月5日 第58刷
著者名
ドストエフスキー  
タイトル
二重人格 (にじゅうじんかく)  
 
上記著作より、本文書き出し1ページを引用

    第一章
 朝の八時少し前のことだった。九等文官ヤーコフ・ペトローヴィッチ・ゴリャートキンは長い眠りから目をさまし、あくびをすると、うーんと一つのびをして、それからやっとのことでばっちりと目をあけた。 だが、そのまま二分ばかり彼は、はたして自分は目をさましたのか、それともまだ眠っているのか、いま自分のまわりで起こっていることはすべて (うつつ) であり現実のことなのであるか、それとも----とりとめのない夢のつづきなのか、まだはっきりとは信じられない人間のように、じっと身動きもせずにベッドの上に身を横たえていた。 しかし間もなくゴリャートキン氏の意識は、しだいにはっきりと明瞭に馴染み深い日常の印象を受け入れるようになってきた。 その小さな部屋のうすよごれた緑色の、 (すす) けた (ほこり) だらけの壁や、マホガニーの 箪笥(たんす) や、 マホガニー色の椅子や、赤く塗ったテーブルや、緑色の花模様を散らした赤っぽい色の油布張りのトルコ風の長椅子や、それから最後に、昨夜大急ぎで脱ぎ棄てたまま、その長椅子の上にまるめて放り出しておいた服などが、いつもとおなじように彼を眺めていた。 それから最後にこれでもかというように、どんよりと曇ったきたならしい灰色の秋の日が、いかにも腹立たしげな、実に渋いしかめっつらをして、曇ったガラス越しに彼のいる部屋の中にさしこんできたので、


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