エントリーNO.512
岩波文庫を1ページ読書

解説文(「岩波文庫解説総目録」或いは、表紙より引用)

北陸敦賀の旅の夜、道連れの高野の旅僧が語りだしたのは、飛騨深山中で僧が経験した怪異陰惨な物語だった。 自由奔放な幻想の中に唯美ロマンの極致をみごとに描きだした鏡花の最高傑作『高野聖』に、 怪談的詩境を織りこんだ名品『眉かくしの霊』をそえておくる

発行
岩波文庫 1992年8月18日 第61刷
著者名
泉 鏡花 (いずみ きょうか)  
タイトル
高野聖・眉かくしの霊 (こうやひじり・まゆかくしのれい)  
 
上記著作より、本文書き出し1ページを引用

    高野聖
  一
 「参謀本部 編纂(へんさん) の地図をまた 繰開(くりひら) いて見るでもなかろう、 と思ったけれども、余りの道じゃから、手を (さわ) るさえ暑くるしい、 旅の 法衣(ころも) の袖をかかげて、表紙を附けた折本になってるのを 引張(ひっぱ) り出した。
  飛騨(ひだ) から信州へ超える 深山(みやま) の間道で、 丁度立休(ちょうどたちやす) らおうという一本の 樹立(こだち) も無い、 右も左も山ばかりじゃ、手を伸ばすと (とど) きそうな峰があると、 その峰へ峰が乗り、いただきが (かぶ) さって、 飛ぶ鳥も見えず、雲の形も見えぬ。
 道と空との間に (ただ) 一人我ばかり、 (およ) そ正午と (おぼ) しい 極熱(ごくねつ) の太陽の色も白いほどに () え返った光線を、 深々と (いただ) いた 一重(ひとえ) 檜笠(ひのきがさ) (しの) いで、こう図面を見た。」
  旅僧(たびそう) はそういって、 握拳(にぎりこぶし) を両方枕に乗せ、 それで額を支えながら 俯向(うつむ) いた。
  道連(みちずれ) になった 上人(しょうにん) は、 名古屋からこの越前 敦賀(つるが) 旅籠屋(はたごや) に来て、 今しがた枕に就いた時まで、私が知ってる限り余り仰向けになったことのない、つまり 傲然(ごうぜん) として物を見ない (たち) の人物である。
(サイト管理人 注 「いただき」の旧漢字見当たらず、平仮名で表記)


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