エントリーNO.496
岩波文庫を1ページ読書
マーカイム・壜の小鬼

解説文(「岩波文庫解説総目録」或いは、表紙より引用)

『宝島』で知られる作家スティーヴンソン(1850-1894)。 詩人のヴィヨンを主人公にした最初の短篇。「その夜の宿」から、「水車屋のウィル」、そして南海を舞台にした晩年の摩訶不思議な話「壜の小鬼」と「声たちの島」まで、 寓話、ユーモア物、奇譚など、散文の文体を徹底的に追求した作家が織り成す多彩な短篇7篇を精選。

発行
岩波文庫 2011年12月16日 第1刷
著者名
スティーヴンソン  
タイトル
マーカイム・壜の小鬼 (マーカイム・びんのこおに) 他5篇  
 
上記著作より、本文書き出し1ページを引用

    その夜の宿
     ---フランソワ・ヴィヨン物語---
 時は一四五六年十一月の末である。パリの全域に雪が降った。激しく、容赦なく、執拗に。 時おり突風が吹きおこって雪の渦を巻きあげた。時に風がやむと、黒い夜の空から雪の一ひら一ひらが静かにさまよいながら小やみなく舞い降りた。 貧しい人たちは () れた 眉毛(まゆげ) の下から空を見あげて、 この雪はいったいどこから () いてくるのかといぶかった。 その日の午後、フランソワ・ヴィヨン修士は酒場の窓ぎわに腰を据えて自説を披露していた。 これは異教の神ユピテルがオリュンポスの山上で 鵞鳥(がちょう) の羽根をむしっているだけではないのか、 または貴い天使がたが羽根の () え替り時を迎えたのか、どちらかであろう。 私めは一介の貧乏文学修士にすぎず、と彼は言葉をつづけた。ことは多少とも神学上の問題にかかわるようだから結論を出すのはよしておきましょう、と。 一座の一人でモンタルジから出て来た愚かな老僧が、この冗談は気がきいておる、それに講釈するときのしかつめらしげな顔つきもいいと褒めて、 年若い 無頼(ぶらい) にワインを 一壜(ひとびん) おごってやり、 この白ひげにかけて誓うが、わしもヴィヨンの年ごろにはこやつとおんなじ神を恐れぬ (ろく) でなしであったよ、と言った。


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