エントリーNO.467
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みずうみ

解説文(「岩波文庫解説総目録」或いは、表紙より引用)

月の光に浮び上る少女エリーザベトの画像。老学究ラインハルトはいま少年の昔の中にいる。 あのころは、ふたりだけでいるとよく話がとぎれ、それが自分には苦しいので、何とかしてそれを未然に防ごうと努めた。 こうした若い日のはかない恋とその後日の物語「みずうみ」ほか北方ドイツの詩人の若々しく澄んだ心象を盛った短篇を集めた。

発行
岩波文庫 1984年4月10日 第33刷
著者名
シュトルム  
タイトル
みずうみ 他4篇  
 
上記著作より、本文書き出し1ページを引用

    老人
 晩秋のある午後のこと、みなりの立派なひとりの老人が、ゆっくり往来を下りていった。 散歩のかえりとみえて、流行おくれの締め金つきの靴は (ほこり) にまみれており、 金の握りのついた長い (とう) のステッキを小脇にかかえている。 過ぎ去った青春をそっくりそのままやどしているように見え、雪のような白髪といちじるしい対照をなしている黒い眼で、彼は静かにあたりを見まわしたり、また、 夕日をあびて眼のまえに (かす) んでみえる町を見おろしたりした。 ----彼は殆んどよそものらしく見える。行き交う人の多くは、おぼえずその真摯な眼に見入らずにはいられないが、挨拶する者は極めて少いからである。 ついに彼は、とある高い 破風造(はふづく) りの家のまえに立ちどまって、もう一度町をながめ、それから玄関へ入っていった。 戸口のベルを鳴らすと、内側の部屋の、玄関に面した (のぞ) き窓の緑色のカーテンをわきへ押しのけて、 そのうしろから婆やが顔をのぞかせた。男は籐のステッキをあげて彼女に合図をした。


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