エントリーNO.455
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死者の書・口ぶえ

解説文(「岩波文庫解説総目録」或いは、表紙より引用)

「した した した。」雫のつたう暗闇で目覚める「死者」。 「おれはまだ、お前を思い続けて居たぞ。」古代を舞台に、折口信夫が織り上げる比類ない言語世界は読む者の肌近く幻惑する。 同題をもつ草稿二篇、少年の日の眼差しを瑞瑞しく描く小説第一作「口ぶえ」を併録。 (注解・解説=安藤礼二)

発行
岩波文庫 2010年5月14日 第1刷
著者名
折口 信夫 (おりぐち しのぶ)  
タイトル
死者の書・口ぶえ (ししゃのしょ・くちぶえ)  
 
上記著作より、本文書き出し1ページを引用

    死者の書
  一
() の人の眠りは、 (しず) かに覚めて行った。 まっ黒い夜の中に、 (さら) に冷え圧するものの (よど) んでいるなかに、 目のあいて来るのを、覚えたのである。
した した した。耳に伝うように来るのは、水の垂れる音か。ただ凍りつくような暗闇の中で、おのずと (まつげ) と睫とが離れてくる。
膝が、 (ひじ) が、 (おもむ) ろに埋れていた感覚をとり戻して来るらしく、 () (ひと) の頭に響いて居るもの----。 全身にこわばった筋が、 (わず) かな響きを立てて、 (たなそこ) ・足の裏に到るまで、ひきつれを起しかけているのだ。
そうして、なお深い闇。ぽっちりと目をあいて見廻す瞳に、まず (あっ) しかかる黒い (いわお) の天井を意識した。 次いで、氷になった 岩牀(いわどこ) 。 両脇に垂れさがる荒石の壁。したしたと、 岩伝(いわづた) (しずく) の音。
時がたった----。眠りの深さが、はじめて頭に浮かんで来る。長い眠りであった。


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