エントリーNO.432
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外科室・海城発電

解説文(「岩波文庫解説総目録」或いは、表紙より引用)

一度目をかわしただけで恋におちた学生と少女が、 歳月をへだてて、それぞれ外科医師と患者の貴婦人として手術室の中で再会し、愛に殉ずる---- 鏡花文学の原型をもっともよく示すこの「外科室」をはじめとする初期の代表作集。 他に「義血侠血」(「滝の白糸」の原作)「夜行巡査」「琵琶伝」「化銀杏」「凱旋祭」を収録。 (解説=川村二郎)

発行
岩波文庫 1991年9月17日 第1刷
著者名
泉 鏡花 (いずみ きょうか)  
タイトル
外科室・海城発電 (げかしつ・かいじょうはつでん) 他5篇  
 
上記著作より、本文書き出し1ページを引用

      義血侠血(ぎけつきょうけつ)
   一
  越中(えっちゅう) 高岡より 倶利伽藍下(くりからじた) 建場(たてば) なる 石動(いするぎ) まで、 四里八町(よりはっちょう) (あいだ) を定時発の乗合馬車あり。
 賃銭の (やす) きが (ゆえ) に、 旅客は 大抵(おおかた) 人力車を捨ててこれに 便(たよ) りぬ。 車夫はその不景気を馬車会社に (うら) みて、 人と馬との 軋轢漸(あつれきようや) 太甚(はなはだし) きも、 (わずか) に顔役の調和に () りて、 営業上 相干(あいおか) さざるを (よそお) へども、 折に触れては紛乱を生ずることしばしばなりき。
 七月八日の朝、一番発の馬車は乗合を (そろ) へむとて、 (やっこ) はその門前に鈴を 打振(うちふ) りつつ、 「馬車は 如何(いかが) です。無茶に廉くツて、 腕車(くるま) よりお (はよ) うござい。 さあお (のん) なさい。 (すぐ) に、出ますよ。」
  甲走(かんばし) る声は鈴の () よりも高く、 (しずか) なる朝の (まち) 響渡(ひびきわた) れり。 通過(とおりすがり) 婀娜者(あだもの) (あゆみ) (とど) めて、 「ちょいと小僧さん、 石動(いするぎ) まで 若干金(いくら) ?なに十銭だとえ。ふう、廉いね。その代り遅いだろう。」
  沢庵(たくあん) 洗立(あらいた) てたるように 色揚(いろあげ) したる 編片(アンペラ) の古帽子の下より、 奴は 猿眼(さるまなこ) (きらめ) かして、


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