エントリーNO.415
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ニコライの日記

解説文(「岩波文庫解説総目録」或いは、表紙より引用)

文久元年(1861)、熱意を胸に、二五歳のロシア人宣教師が函館に降り立った。 以来五〇年、生涯伝道に奮闘したニコライ。 その日記は、激動の時代状況、そこに生きる人々の生活や声を、豊かな感情と思考、卓抜な観察力で今に伝える貴重な記録である。 (全三冊)

発行
岩波文庫 2011年7月15日 第1刷
編訳者
中村 健之介 (なかむら けんのすけ)  
タイトル
ニコライの日記 (ニコライのにっき) 全3冊  
 
上記著作より、本文書き出し1ページを引用

    一八七〇年〔最初のロシア帰国時の日記〕
一八七〇年三月一日〔ロシアでの日記の日付はすべてロシア暦〕、午後九時。ペテルブルグ、アレクサンドル、ネフスキー大修道院
 きのうイサク大聖堂〔ペテルブルグの中心にある巨大な聖堂〕で「正教勝利の主日」〔復活祭前四〇日間の大斎期の最初の日曜〕の盛儀が執り行なわれた。 わたしがこれを見たのは二度目だ。あるいは、これで見納めになるかもしれない。この盛儀の記述をもってこの日記をはじめるのは、日記の最初にいかにもふさわしいことだ。
 大聖堂は人で満ちあふれんばかりだった。それは生ける海だった。海面にはかすかな波紋が見えるばかりの、あのゆるやかな揺れを見せる、ざわめきのない静かな海だった。 聖堂長から聞いたところによれば復活祭には二万人もの人が入るとのことだが、きょうもおそらく一万五〇〇〇は下らなかっただろう。
 モレーベン〔短い祈祷〕の終わりに、長輔祭〔主教や司祭の補助をする輔祭の中の上位者〕ピャトニツキーが説教壇に上がって「われらが神に比肩する大いなる神はいずこにかある。 汝は奇跡を行なう唯一の神なり」と歌い出したときは、本当に感動的で、実におごそかだった。


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