エントリーNO.404
岩波文庫を1ページ読書
山のパンセ

解説文(「岩波文庫解説総目録」或いは、表紙より引用)

詩人・哲学者串田孫一(1915-)の、山をめぐる随想集。 ページをめくると、独特の詩的で平易な文章で綴られた、 山靴やスキーで野山を逍遥する著者の世界がひろがる。 雪を待つ高原の一本の枯れ草まで魅力的な表情を浮かべている、著者自身が選び再編成した決定版。

発行
岩波文庫 1995年6月16日 第1刷
著者名
串田 孫一 (くしだ まごいち)  
タイトル
山のパンセ (やまのパンセ)  
 
上記著作より、本文書き出し1ページを引用

  意地の悪い山案内
 そこまで来ると道はもう二人並んで歩けるような広さではなくなった。 私はもともと、 餘程(よほど) 広い平らないい道ならばともかく、山道を肩を並べて歩くのは好まない。 道は広くとも、歩きいい部分は大概は一人分しかないからだ。 それで彼女が、無理に並んで歩こうとするので、私はもうかなり長いあいだ道の悪い部分を歩いていたのだった。 しかしさすがに、そこまでは並んで歩くものではないと言い出せなかった。
 幸いにして道は狭くなってくれた。ここからはもうどうしたって並んでは歩けない。 私は彼女に言った。「私の前を歩いて下さい」。 その言葉に、自分でも少し厳格な口調が感じられたほどだから、彼女にはかなりはっきりした命令のように聞こえたに違いない。 彼女は「はい」と答えて言われたとおりに私の前を歩き出した。
 何という従順なそのうしろ姿だろう。その足取りには、もっと歩調をはやめた方がいいのか、 それとももっとゆっくり歩かなければいけないのか、さっぱり見当もつかなくなっている不安定な気分が感じとれた。  


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