エントリーNO.395
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シェリの最後

解説文(「岩波文庫解説総目録」或いは、表紙より引用)

第一次世界大戦後のパリ。復員したものの社会の動乱に適応できず無為な日々を送る主人公を尻目に、 妻と母は営利と名誉の獲得に奔走している。 どこにも自分の場所を見出すことのできない彼は、唯一の女性レアの許へと帰ろうとするが・・・。 失われた時と永遠の愛との間をむなしく彷徨する魂を、とぎすまされた感覚でとらえた『シェリ』の続篇。

発行
岩波文庫 1994年4月18日 第1刷
著者名
コレット  
タイトル
シェリの最後 (シェリのさいご)  
 
上記著作より、本文書き出し1ページを引用

 シェリは小さな庭の鉄格子の門をうしろ手に閉め、夜の空気を吸いこんだ。 「ああ、いい気分・・・」すぐに彼は言いなおした。 「いや、いい気分なんかじゃないぞ」地上に閉じこめられた暑気のうえに、密集したマロニエがおおいかぶさっていた。 すぐそばのガス燈のうえには赤茶けた木の葉がドームのように茂り、かすかに震えていた。 アンリ=マルタン大通りは生い茂る植物に息づまり、ブローニュの森から立ちのぼるさわやかな微風を、朝まで待ちこがれることになりそうだった。
 帽子もかぶらず外に出たシェリは、 煌々(こうこう) と照らされて人気のない家をじっと眺めていた。 クリスタルの食器を荒っぽく片づける音、それからなにか小言を言っているらしいエドメのきつく澄んだ声が、耳にとどいた。 妻が二階の広間のフランス窓のほうへ歩みより、こちらにかがみこむのが目に入った。 真珠の光沢をおびた彼女の白いドレスは雪のような白さを失い、ガス燈の緑がかった光線を吸収し、ラメ入りの絹のカーテンにふれたとたんにその照り返しでぱっと黄色に輝いた。


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