エントリーNO.393
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キリスト者の自由 聖書への序言

解説文(「岩波文庫解説総目録」或いは、表紙より引用)

「キリスト者の自由」は、福音主義の信仰の神髄を明らかにしたもので、 ルター(1483-1546)のいわゆる宗教改革的論文中の珠玉の1篇である。 小著ではあるが、ここには「キリスト教生活の全体」が含まれている。 旧版と同じく、ルターが全生涯をかけてなしとげたドイツ語訳聖書の序言3篇「新約聖書への序言」 「ローマ人にあたえた手紙への序言」「詩篇への序言」(旧版では「ヤコブ書及びユダ書への序言」)を併収。

発行
岩波文庫 1984年2月10日 第31刷
著者名
マルティン・ルター  
タイトル
キリスト者の自由 聖書への序言 (キリストしゃのじゆう せいしょへのじょげん)  
 
上記著作より、本文書き出し1ページを引用

    キリスト者の自由
  イエス
 第一  「キリスト教的な人間」とは何であるか、またキリスト者にキリストが確保してあたえたもうた自由とはどんな性質のものか、 これについては聖パウロが充分に論述していることであるが、われわれもこれを根本的に認識できるように、 私はまず次の二命題をかかげたいと思う。
  キリスト者はすべてのものの上に立つ自由な君主であって、何人にも従属しない。
  キリスト者はすべてのものに奉仕する僕であって、何人にも従属する。
 これら二つの命題は、聖パウロがコリント人にあたえた第一の手紙第九章に「わたしはすべてのことに自由であるが、 自から進んで何人の僕ともなった」と語り(九章十九)、またローマ人への手紙第十三章に「あなたがたがお互いに愛し合うことのほかに、 何人にも債務を負うてはならない」と教えたところによって(十三章八)、明らかである。 しかし愛は、それが愛するところのものに仕えまた服従するものである。 それはキリストについても同様で、ガラテヤ人への手紙第四章に「神はその子を女からうまれさせ、律法に服従させて送りつかわしたもうた」とあるとおりである(四章四)。
 第二  自由と奉仕とについてのこれら二様のたがいに矛盾する命題を理解するためには、キリスト者は何人も霊的と身体的との両性質をもっていることを記憶しなければならない。


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