エントリーNO.378
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幕末明治女百話

解説文(「岩波文庫解説総目録」或いは、表紙より引用)

『幕末百話』『明治百話』に続き、聞き取りの対象を女性にしぼって集めた百話。 当時一般の女性の話したことが世に発表されることは稀であった。 風俗、行事、遊び、食べ物、有名人の素顔、土地の噂、事件、芸事---男性とは趣味も着眼点も異なる、女性ならではの逸話がそろい、 江戸趣味のまだ滅びない時代の息づかいを伝える。(全2冊)

発行
岩波文庫 1997年8月19日 第1刷
著者名
篠田 鉱造 (しのだ こうぞう)  
タイトル
幕末明治女百話 (ばくまつめいじおんなひゃくわ) 全2冊  
 
上記著作より、本文書き出し1ページを引用

    油堀伊藤家の八人娘
 姉娘お今さまの聟
  渋沢(しぶさわ) 子爵未亡人の、 阿父(おとう) さまというのは、 伊藤八兵衛(いとうはちべい) と 仰有(おっしゃ) いまして、 大変な 御仁(おかた) なんです。 何でも一代に二十軒もの養子となって、とうとう最後に、 京橋南伝馬町(きょうばしみなみでんまちょう) 三丁目の明治中古までありました、 太刀伊勢屋(た ち い せ や) ---- 暖簾(のれん) に太刀を染出していたもので、 あすこいらにあった、伊藤八兵衛という『 貸金御用達(かしきんごようたし) 』の 家(うち) へ、 入聟(いりむこ) となったのが、 伊藤家の仕合せ、八兵衛さまの出世で、 其家(そこ) に娘が二人あって、姉が二十歳妹が十七、 姉娘お 今(いま) さまの聟となったんです。 このお今さまが渋沢子爵未亡人の 阿母(おかあ) さまです。 先代八兵衛という 仁(かた) は、 御人好(おひとよし) であったもんですから、 諸藩へ御用達を務めても、貸し付けたお金の取戻しが立たず、 諸藩の証文を抱いたまま、 冥途(あのよ) へ旅立ってしまい、 『正直八兵衛』の 称(な) は残っても、 家の栄えが霜枯れて、女隠居に娘二人ではどうしようもなかったとこへ、 八兵衛さまの 幾三郎(いくさぶろう) さん(初めの名)、 武州川越在小(ぶしゅうかわごえざいお) ヶ 谷(や) から出て江戸で 御金方(おきんかた) のなって働いた。 腕に覚えのある身なんですから、借用証文を一々調べてみて、 これは『死んだ馬でもない』と、考えたんですね、その頃伊藤方は 陶器商(せとものしょう) だったんで、 陶器(せともの) は 陶器(せともの) 、 御金方は御金方と、 区劃(くぎり) をつけて、 養母と女達の 喰雑用(くいぞうよう) を、陶器商の方


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