エントリーNO.354
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日本精神史研究

解説文(「岩波文庫解説総目録」或いは、表紙より引用)

日本の諸種の「文化産物」を通してそこに表現されている「それぞれの時代の日本人の『生』を把握」しようと試みる。 この観点から十七条憲法や大宝律令、推古・白鳳天平の仏像、『万葉集』『源氏物語』といった古典あるいは道元の著作と生涯などを論ずるが、 鋭い感受性に裏づけられたその分析の冴えはわれわれを圧倒してやまない。(解説=加藤周一)

発行
岩波文庫 1992年11月16日 第1刷
著者名
和辻 哲郎 (わつじ てつろう)  
タイトル
日本精神史研究 (にほんせいしんしけんきゅう)  
 
上記著作より、本文書き出し1ページを引用

    飛鳥寧楽時代の政治的理想
 「まつりごと」が「 祭事(まつりごと) を意味したということは、 古き伝説や高松式古墳の遺物によって十分確かめ得られると思う。 君主は自ら神的なものであるとともにまた祭司であった。 天照大神(あまてらすおおみかみ) がそうである。 崇神(すじん) 天皇がそうである。 邪馬台(やまたい) 卑弥呼(ひみこ) もそうである。 かくて国家の統一は「祭司の 総攬(そうらん) において遂げられた。 種々の地方的な崇拝が、異なれる神々の同化やあるいは神々の血統的な関係づけによって、一つの体系に編み込まれたのは、この「祭事の総攬」の反映であろう。
 かくのごとき祭事は支配階級の利益のために起こったというごときものではない。 そこにはいまだ「支配」という関係はなかった。祭事に伴なっているのは「統率」という事実である。 原始的集団においてはその生活の安全のために祭事が要求せられた。 力強い祭司の出現は集団の生活を安全にしたのみならず、さらにその集団の生活を内より力づけ活発ならしめた。 祭司の権威の高まるとともに集団は大となり、その大集団の威力が神秘的な権威として感ぜられる。


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