エントリーNO.342
岩波文庫を1ページ読書
音楽と音楽家

解説文(「岩波文庫解説総目録」或いは、表紙より引用)

シューマン(1810-1856)は交響曲「ライン」や「子供の情景」などの曲で親しまれるドイツ初期ローマン派の作曲家であるが、 またすぐれた音楽評論家でもあった。 本書はその論文の大半を収めたもので、ショパン、ベルリオーズ、シューベルト、ベートーヴェン、ブラームスなど多数の音楽家を論じ、 ドイツ音楽の伝統を理解する上に貴重な読物である。

発行
岩波文庫 1983年8月20日 第24刷
著者名
シューマン  
タイトル
音楽と音楽家 (おんがくとおんがくか)  
 
上記著作より、本文書き出し1ページを引用

    第一部  一八三四年以前
 1 <作品二>
 この間、オイゼビウスがそっと戸をあけてはいってきた。この男の蒼白い顔にうかぶ、 皮肉な、いかにも好奇心をそそるような微笑は君も知っているはずだ。 僕はフロレスタンといっしょにピアノの前にすわっていた。このフロレスタンというのは、 君も知っている通り、およそ来るべきもの、新しいもの、異常なものなら何でもみな予感するという、まれにみる音楽的な男の一人だ。 しかし、この日はさすがの彼もめんくらった。 「諸君、帽子をとりたまえ、天才だ」といってオイゼビウスが楽譜を一つ見せた。表題は見えなかったけれども、 僕はなにげなくばらばらとめくってみた。この音のない音楽の、ひそかな楽しみというものには、何かこう、魔法のような魅力がある。 それに僕は、どんな作曲家もそれぞれみるからに独特な譜面のかたちをもっていると思う。 ちょうどジャン・パウルの散文がゲーテのそれと違うように、ベートーヴェンは譜面からしてモーツァルトと違う。 しかし、この時はまるで見覚えのない眼、何というか、花の眼、 怪蛇(パジリスク) の眼、 孔雀(くじゃく) の眼、乙女の眼が妖しく僕をみつめているような気がした。 そうしてところどころそれが特に鋭く光るのだ。 ----僕はこれはモーツァルトの《その手をこちらへ》に何百という和音がからみついているのじゃないかと思った。 レポレロがしきりに目くばせしているかと思うと、白いマントをはおったドン・ジュアンが飛鳥のようにとんでいった。 「さあ、やらないか」とフロレスタンがいうと、オイゼビウスが承知したので、僕らは出窓によりかかって耳をすませた。


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