エントリーNO.326
岩波文庫を1ページ読書
灯台へ

解説文(「岩波文庫解説総目録」或いは、表紙より引用)

スコットランドの孤島の別荘。哲学者ラムジー氏の妻と末息子は、闇夜に神秘的に明滅する灯台への旅を夢に描き、 若い女性画家はそんな母子の姿をキャンパスに捉えようとするのだが---- 第一次大戦を背景に、微妙な意識の交錯と澄明なリリシズムを湛えた文体によって繊細に織り上げられた、 去りゆく時代への清冽なレクイエム。

発行
岩波文庫 2004年12月16日 第1刷
著者名
ヴァージニア・ウルフ  
タイトル
灯台へ (とうだいへ)  
 
上記著作より、本文書き出し1ページを引用

   第一部 窓
  1
 「そう、もちろんよ、もし明日が晴れだったらばね」とラムジー夫人は言って、つけ足した。 「でも、ヒバリさんと同じくらい早起きしなきゃだめよ」
 息子にとっては、たったこれだけの言葉でも途方もない喜びの (もと) になった。 まるでもうピクニックは行くことに決まり、何年もの間と思えるほど首を長くして待ちつづけた素晴らしい体験が、 一晩の闇と一日の航海さえくぐり抜ければ、すぐ手の届くところに見えてきたかのようだった。 この子はまだ六歳だったが、一つの感情を別の感情と切り離しておくことができず、 喜びや悲しみに満ちた将来の見通しで今 手許(てもと) のあるものまで色づけてしまわずにいられない、 あの偉大な種族に属していた。 こういう人たちは年端もいかぬ頃から、ちょっとした感覚の変化をきっかけに、陰影や輝きの宿る瞬間を結晶化させ不動の存在に変える力をもっているものなのだが、 客間の床にすわって「陸海軍百貨店」(ロンドン中心部ヴィクトリア街、中上流階級の客が出入りした店)の絵入りカタログから絵を切り抜いて遊んでいた


copyrighit (c) 2011 岩波文庫を1ページ読書