エントリーNO.321
岩波文庫を1ページ読書
花・死人に口なし

解説文(「岩波文庫解説総目録」或いは、表紙より引用)

19世紀末ウィーンを体現する愛欲と情緒の作家シュニッツラー(1862-1931)。 彼は、愛し、悩み、裏切られ、死んでいく人間たちを倦むことなく描き続け、 メランコリックな情調を漂わせて人生の儚さを強く印象づけた。 表題作の他に、「わかれ」「盲目のジェロニモとその兄」「ギリシャの踊り子」 「情婦殺し」など全9篇を収録。

発行
岩波文庫 2011年7月15日 第1刷
著者名
シュニッツラー  
タイトル
花・死人に口なし (はな・しにんにくちなし) 他7篇  
 
上記著作より、本文書き出し1ページを引用

    花
午後ずっと私は 街路(とおり) を歩きまわった。 街路には静かな白い雪がゆるやかに舞っていた、----そして今家に帰って来た。 ランプが燃えている。葉巻には火がついている。書物が置いてある。そしてすべてが、全くゆっくりした気持ちになれるように、 用意されてある・・・・しかしそれもみんな徒労だ。 私はしょっちゅう一つことばかり思い出さずにはいられない。
 彼女はもう私にとってはとっくに死んでしまったのではあるまいか。 ・・・そうだ、死んでいる。それとも (あざむ) かれた者の子供っぽいペーソスを働かせていえば、 「死んでいるよりもっと悪い」状態にいるのではあるまいか。・・・ところが、彼女は「死んでいるよりもっと悪い」状態にいるのではない、 (いな) ただ、 あの外の地の底深く横たわっている多くのほかの人たちのように、死んでいるにすぎない、 永遠に、春が来ても蒸し暑い夏が来ても、ちょうど今日のように雪が降っても・・・・もう一度帰って来る望みなんか有りはしないのだ----ということを知って以来、 彼女は私にとっても、ほかの人たちにとってと同じように、全く同時に死んでしまったのだということを私は知った。


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