エントリーNO.320
岩波文庫を1ページ読書
幸福論

解説文(「岩波文庫解説総目録」或いは、表紙より引用)

ケーベル博士はヒルティ(1833-1909)を自分の「生涯の伴侶」のひとりに数え、 「彼のように、若い人びとの師となり友となるに適した者は、 近代の著作者中きわめてまれである」と言っている。 本書はヒルティの代表的な宗教的・倫理的著作であり、 豊かな学識と不動の信念から出るその深い思索は、 真摯に生きようとする人びとへのよき人生案内として長年月にわたって広汎な読者に親しまれている。

発行
岩波文庫 1983年9月10日 第58刷
著者名
ヒルティ   
タイトル
幸福論 (こうふくろん) 全3冊  
 
上記著作より、本文書き出し1ページを引用

    仕事の上手な仕方
     一
 仕事の上手な仕方は、あらゆる技術のなかでもっとも大切な技術である。 というのは、この技術を一度正しく 会得(えとく) すれば、 その他の一切の智的活動がきわめて容易になるからである。それなのに、正しい仕事の仕方を心得た人は、比較的に少ないものだ。 「労働」や「労働者」についておそらくこれまでになく盛んに論議される現代においてすら、実際にこの技術がいちじるしく進歩したとも普及したともみえない。 むしろ反対に、できるだけ少なく働くか、あるいは生涯の短い時間だけ働いて、残りの人生を休息のうちに過ごそうというのが、一般の傾向である。
 それなら働きと休息とは、一見両立しない対立物のように見えるが、果たしてそうであろうか。 まず第一に、これを検討しなければならぬ。 (だれ) もがすぐそうするように、勤労をたたえるだけでは、 勤労の意欲はわくものではない。それどころか、勤労を (いと) う心が不幸にもこんなにひろまって、 ほとんど近代的国民の一つの病気となって、誰もかれもが理屈の上では賞賛される勤労から、実際にはできるだけ (のが) れようとするかぎり、 社会状態の改善などは言うも無駄である。 働きと休息とが対立物だとすれば、事実上、この社会の病気はとうていなおる見込みはないであろう。


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