エントリーNO.317
岩波文庫を1ページ読書
脂肪のかたまり

解説文(「岩波文庫解説総目録」或いは、表紙より引用)

モーパッサン(1850-1893)の作風の基調をなす厭世主義は早くもこの短篇に色濃く現われ、 後年の特徴である冷厳で周到な観察、控え目で的確な表現もすでにここに指摘される。 無心の馬車が「脂肪の塊」と称せられる可憐な娼婦のすすり泣きとブルジョワ社会の嗤うべき縮図を乗せて宵闇の荒涼たる野道を走る結末まで作者の筆はいささかの揺ぎもない。 挿絵=ピエール・ファルケ

発行
岩波文庫 2004年3月16日 第1刷
著者名
モーパッサン  
タイトル
脂肪のかたまり (しぼうのかたまり)  
 
上記著作より、本文書き出し1ページを引用

 いく日ものあいだひき続いて、ばらばらになった敗残の兵が市内を通り抜けて行った。 それはもう軍隊などというものではなく、潰走する人の群れにすぎなかった。 兵隊たちは汚く 不精(ぶしょう) ひげをのばし、ぼろぼろの制服をまとい、のろい足どりで進んで行った。 軍旗もなく、隊列をつくってもいなかった。みんなうちのめされ、くたくたになっているようだった。 何ひとつ考えることも決心することもできず、もっぱら惰性で歩いていた。 立ち止まったりすれば、たちまち疲労で倒れるしかなかった。 とりわけ目にについたのは招集兵で、もともと利息収入などでのんびりと暮らし、平和を愛する連中だったのが、今や銃の重みで腰をかがめているのだった。 かと思うと、国民遊撃隊(1868年編成の遊撃兵部隊で、正規軍に属さず、若い兵から成っていた)の兵士も目についた。 彼らは若くてすばしこいが、おびえやすく感じやすい連中である。 攻めるのも速いが、逃げ足も速いという兵士たちだ。そういう兵隊たちに、赤ズボンの正規兵がまじっている。 激戦にまきこまれ、 木端微塵(こっぱみじん) となった師団の敗残兵だ。 こういう種々雑多な歩兵たちと並んで、暗い顔つきの砲兵も歩いている。


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