エントリーNO.309
岩波文庫を1ページ読書
幕末百話

解説文(「岩波文庫解説総目録」或いは、表紙より引用)

明治も半ば過ぎ、篠田鉱造(1871-1965)は幕末の古老の話の採集を思い立つ。 廃刀から丸腰、ちょん髷から散切、士族の商法、殿様の栄耀、お国入りの騒ぎ、辻斬りの有様、安政の大地震・・・・ 幕末維新を目の当りにした人々の話は、想像もつかない面白いことずくめだった。 激変期の日本社会を庶民が語る実話集。(解説=尾崎秀樹)

発行
岩波文庫 1996年6月1日 第3刷
著者名
篠田 鉱造 (しのだ こうぞう)  
タイトル
幕末百話 (ばくまつひゃくわ)  
 
上記著作より、本文書き出し1ページを引用

   一  江戸の佐竹の岡部さん
 八十一人斬
 何か話せと 被仰(おっしゃ) るが、 別にこれぞという逸話もないが、ここに生涯に八十一人を斬った男がある。 ソレを一つ (きけ) いて (もら) うかね。 その男は 佐竹(さたけ) 候の家来で 百石取(ひゃっこくどり) 岡部菊外(おかべきくがい) という (じん) だ。 屋敷は 神田佐久間町(かんださくまちょう) 二の二八佐竹の中屋敷(今は二百戸からあるが昔十五軒の屋敷だ)に住んでいたが、 豪胆(ごうたん) と言おうか無茶と言おうか、人を斬るのが (めし) より (すき) で、 新刀(あらみ) を求めると七人を斬らねば本当の 斬味(きれあじ) (わか) らないと言っていた。 で、ツカ 巻師(まきし) へは 取返(とつか) 引替(ひつか) え刀を持込む。 コレは 血糊(ちのり) でツカが (くさ) ってしまうからだ。 この (ひと) 人斬話(ひときりばなし) はゾッとしないから、 神田美倉橋脇(かんだみくらばしわき) 馬場湯(ばばゆ) (この湯明治十年頃までありました)というので 意趣返(いしゅがえし) をしたという一席をお話しよう。 事の 起源(おこり) は馬場湯へ岡部が始終 () くけれど、 湯銭(ゆせん) を払わないものだから、 ある日馬場湯の 主婦(おかみ) が木戸を突いて「湯銭は現金というお (ふれ) でございますからお払い下さい」と () った。
 人間の手首
 岡部はこれを (ことごと) く含んで「 (よし) 、払って (つか) わそう」と、 その日は無難に帰り、何か 意趣返(いしゅがえし) をしてやろうと考えたが、 人でも斬ろうという男の考えは別だ。


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