エントリーNO.305
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道徳の系譜

解説文(「岩波文庫解説総目録」或いは、表紙より引用)

著者が好んで用いた箴言の形でなく、論文の体裁で書かれた著作で、 ニーチェの思想の構造、とりわけその道徳批判およびこれに連関する独自の価値思想の論理的な筋道捉えるのにもっとも役立つものである。 「善と悪・よいとわるい」「負い目・良心のやましさ・その他」「禁欲主義的理想は何を意味するか」の3篇からなる。

発行
岩波文庫 1984年6月10日 第29刷
著者名
 ニーチェ  
タイトル
道徳の系譜 (どうとくのけいふ)  
 
上記著作より、本文書き出し1ページを引用

    第一論文 「善と悪・よいとわるい」
   一
 ----道徳の成立史を完成するという無類の試みにこれまで寄与するところがあったのは、 実はあのイギリスの心理学者たちであるが、----それらの人々は身をもって決して小さからぬ謎をわれわれに掛けている。 しかも彼らは、実を言えば、ほかならぬそのことによって、自ら 生身(しょうじん) の謎として、 彼らの著書以前のある本質的なものをもってさえいるのだ----彼ら自身が興味ある 代物(しろもの) なのだ! これらイギリスの心理学者たち----彼らは一体どういうつもりなのか。その気があってのことかどうかは知らないが、 見受けるところ、彼らは常に同一の仕事に携わっている。すなわち、われわれの内界の <恥 部>(バルテイー・オントウーズ) (さら) け出し、 場所もあろうに人間の知的矜恃にとって見つけられるのが最も望ましくないあの場所に(例えば、習慣の <惰  力>(ヴイース・イネルテイアエ) のうちに、 または健忘のうちに、または盲目的・偶然的な観念の連合や機構のうちに、または何らかの純粋に受動的なもの、 自動的なもの、反射的なもの、分子的なもの、根本的に遅鈍なもののうちに)真に活動的な要素を、指導的な要素を、発展にとって決定的な要素を見つけだそうとしている。 ----何が一体これらの心理学者たちを常にこの方向へ駆り立てるのであるか。 それは一つの内密で、陰険で、下劣で、彼ら自身にさえ恐らく不可解な人間卑小視の本能であろうか。 それとも事によると、一種の厭世家的な猜疑心であろうか。 幻滅を感じ、暗然となり、恨みっぽく怒りっぽくなった理想家たちの疑心暗鬼であろうか。


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