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エントリーNO.40
岩波文庫を1ページ読書

           解説文(「岩波文庫解説総目録」より引用)
誇りと喜びにあふれて首都の神学校に入学したハンスがそこで見いだしたものは、 詰めこみ主義の教育と規則ずくめの寄宿舎生活であり、 多感で反抗的な友人の放校であった。 疲れはてて父の家に戻った彼は機械工として再び人生を始めようとするが.....。 重い「車輪の下」にあえなく傷つく少年の魂を描くヘッセの永遠の青春小説。

発行
 岩波文庫 2007年9月20日 第67刷
著者名
 ヘルマン・ヘッセ
タイトル
 車輪の下 (しゃりんのした)
                    上記著作より、本文書き出し1ページを引用

    第一章   仲買人兼代理業者(なかがいにんけんだいりぎょうしゃ) のヨウゼフ・ギイベンラアト氏は、 何かの美点なり特色なりで、同じ町民たちをしのいでいるわけでは、決してなかった。 かれらと同じように、かっぷくのいい、健康そうな体格、 率直(そっちょく) な、 心からの金銭崇拝とむすびついた、かなりの商才、さらに、小庭のついた小住宅と、 墓地には 累代(るいだい) の墓と、いくらか合理化されて、みすぼらしくなった教会主義と、 神および官憲に対する適度の尊敬と、そして市民的な礼節という鉄則に対する、 盲目的な 恭順(きょうじゅん) とをもっていたのである。 酒量はずいぶん多いほうだったが、よっぱらうことは一度もなかった。副業として、いろいろとまともでない取引きを、もくろみはするが、 形式上ゆるされる限度をこえてまで、 遂行(すいこう) することはなかった。 まずしい人たちのことをすかんぴん、富んだ人たちのことを 成金(なりきん) とののしった。 かれは市民クラブの一員で、金曜日ごとに、「わし(鷲)屋」で、 九柱戯(くちゅうぎ) のなかまいりをしたし、 さらに、パンやき日にはいつでも出てきたし、試食やソオセエジ・スウプの集まりにも、欠席したことはなかった。 仕事のときには、やすい 葉巻(はまき) を、食後と日曜日には、上等の品をすった。
 かれの内生活は、俗物のそれであった。かれのたまたま持っていた情操は、とうにほこりにまみれていて、 因習的(いんしゅうてき) な、あらっぽい家族精神と、自分のむすこを自慢するきもちと、 ときおり見せる、まずしい者たちへの気前のよさ---という以外の要素は、ほとんどないくらいだった。 かれの精神的な 資質(ししつ) というものは、 生得(しょうとく) の、せまくかぎられた、ぬけめのなさと 打算(ださん) 以上には、 出なかった。

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