上記著作より、本文書き出し1ページを引用
第一章
仲買人兼代理業者 のヨウゼフ・ギイベンラアト氏は、
何かの美点なり特色なりで、同じ町民たちをしのいでいるわけでは、決してなかった。
かれらと同じように、かっぷくのいい、健康そうな体格、 率直 な、
心からの金銭崇拝とむすびついた、かなりの商才、さらに、小庭のついた小住宅と、
墓地には 累代 の墓と、いくらか合理化されて、みすぼらしくなった教会主義と、
神および官憲に対する適度の尊敬と、そして市民的な礼節という鉄則に対する、
盲目的な 恭順 とをもっていたのである。
酒量はずいぶん多いほうだったが、よっぱらうことは一度もなかった。副業として、いろいろとまともでない取引きを、もくろみはするが、
形式上ゆるされる限度をこえてまで、 遂行 することはなかった。
まずしい人たちのことをすかんぴん、富んだ人たちのことを 成金 とののしった。
かれは市民クラブの一員で、金曜日ごとに、「わし(鷲)屋」で、 九柱戯 のなかまいりをしたし、
さらに、パンやき日にはいつでも出てきたし、試食やソオセエジ・スウプの集まりにも、欠席したことはなかった。
仕事のときには、やすい 葉巻 を、食後と日曜日には、上等の品をすった。
かれの内生活は、俗物のそれであった。かれのたまたま持っていた情操は、とうにほこりにまみれていて、
因習的 な、あらっぽい家族精神と、自分のむすこを自慢するきもちと、
ときおり見せる、まずしい者たちへの気前のよさ---という以外の要素は、ほとんどないくらいだった。
かれの精神的な 資質 というものは、
生得 の、せまくかぎられた、ぬけめのなさと 打算 以上には、
出なかった。