エントリーNO.273
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日本的霊性

解説文(「岩波文庫解説総目録」より引用)

現代仏教哲学の頂点をなす著作であり、著者(1870-1966)が到達した境地が遺憾なく示される。 日本人の真の宗教意識、日本的霊性は、鎌倉時代に禅と浄土系思想によって初めて明白に顕現し、 その霊性的自覚が現在に及ぶと述べる。 著者は、日本の仏教徒には仏教という文化財を世界に伝える使命があると考え、本書もその一環として書かれた。

発行
岩波文庫 1984年4月20日 第12刷
著者名
鈴木 大拙 (すずき たいせつ)  
タイトル
日本的霊性 (にほんてきれいせい)  
 
上記著作より、本文書き出し1ページを引用

   第一篇 鎌倉時代と日本的霊性
 (ここでは、日本的霊性なるものは、鎌倉時代で初めて覚醒したということを説いてみたいのである。 これはかつて『日本精神史の一断面』と題して、或る雑誌(『信道』。名古屋信道会館発行)で先年発表せられ、 その後『文化と宗教』(『鈴木大拙全集』第十九巻。昭和四四年)に収められたものである。 この一篇は、もともと広い意味での日本精神史なるものを書きたいという意図のもとに、 極めて概念的に鎌倉時代を叙したにすぎないのである。 いまこれを本書中に収めるに当たり、多少の 改竄(かいざん) を施した。 ここでは「日本的霊性」という文字を使わないで「宗教意識」としてあるところもある。 それは当時、主としてその面から日本精神史を見ていたからである。 それから日本的霊性、即ち宗教的衝動または宗教意識の台頭を専ら浄土宗方面に限ったのは、 読者の多数がそこに多大の感興を有していたからである。)

 結論をさきに出すとこうである。古代の日本人には、本当に言う宗教はなかった。 彼らは極めて素朴な自然児であった。平安時代を経て鎌倉時代に入って、初めてその精神に宗教的衝動を起こした、 即ち日本的霊性の目覚めがほの見えた。この衝動の結果として、一方には伊勢神道なるものが起こり、 他方には浄土系統の仏教が唱えられるようになった。 日本人はこのとき初めて宗教に目覚めみずからの霊性に気づいた。 だいたいこういうことを説きたいのだが、この小篇では大網に止まるは已むを得ぬ。


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