エントリーNO.249
岩波文庫を1ページ読書
量子力学と私

解説文(「岩波文庫解説総目録」より引用)

「大学三年で当時はじまったばかりの量子力学をえらんだのはよかったが、 専門の教官もおらず、勉強は困難をきわめた」と朝永振一郎(1906-79)は語る。 模索のときの蓄積が後に相対論と量子論の融合をめざす研究でノーベル賞に花開き、 また一歩一歩大地を踏みしめて登るような探求型の解説となった。 「光子の裁判」や自分史を含む11篇。

発行
岩波文庫 1997年1月16日 第1刷
著者名
朝永 振一郎 (ともなが しんいちろう)  
タイトル
量子力学と私 (りょうしりきがくとわたし)  
 
上記著作より、本文書き出し1ページを引用

    鏡の中の世界
 鏡にうつった世界は右と左が逆になっているということは、 子どもでも少し大きくなれば知っている。 実さい誰でも、鏡に向かって自画像をかいたり、鏡すがたを写真にとったりした経験のある者は、 胸ポケットが逆のがわについていたり、 左前(ひだりまえ) のきものを着たりした自分の姿を見出すだろう。 ところが、これは変だぞと考えた疑い深い男がいた。
 鏡にうつった世界は何も右と左とが逆にならねばならぬ理由はないではないか。 たとえば上と下とが逆になったように見えてなぜ悪いのかという。
 かつて理研にいたころ、この問題を提出した男があって、ひるめしのあと、研究室の連中が 甲論乙(こうろんおつ) バクいろいろ珍説明が出た。
 幾何光学によれば、鏡の前に立った人の顔のところから鏡に向かって引いた垂線の延長上には顔がうつり、足のところから引いた垂線の延長上には足がうつり、 決して顔の向こうに足がうつり、足の向こうに顔がうつることはない。だから、上と下とが逆になることはない。これが一説。


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