エントリーNO.239
岩波文庫を1ページ読書
愛と認識との出発

解説文(「岩波文庫解説総目録」より引用)

善とは何か、真理とは何か、友情とは何か、恋愛とは何か、信仰とは何か---。 自分自身が考え抜いたプロセスをそのままに記した著者20代の論考17篇を収録。 刊行されるや、大正---昭和の旧制高校生の間で「伝説的」愛読書となった。 『出家とその弟子』とともに倉田百三(1891-1943)の代表的著作。(解説・注=鈴木範久)

発行
岩波文庫 2008年10月16日 第1刷
著者名
倉田 百三 (くらた ひゃくぞう)  
タイトル
愛と認識との出発 (あいとにんしきとのしゅっぱつ)  
 
上記著作より、本文書き出し1ページを引用

  憧憬
 ---三之助の手紙---
 哲学者は淋しい甲虫である。
 故ゼームス博士はこうおっしゃった。
心憎くもいじらしき言葉ではないか。 思えば博士は昨年の夏、チョコルアの別荘で 忽然(こつぜん) として長逝せられたのであった。 博士の歩み給いし寂しき路を 辿(たど) り行かんとする我が友よ、 私はこの一句を 口吟(くちずさ) む時、 (ひげ) (まば) らな眼の穏かな博士の顔がまざまざと見え、 例えば明るい----と言っても月の光で 微白(ほのじろ) い園で、 色を秘した黒い花の (かす) かなる香を () ぎながら、 無量の哀調を聞く如く (そぞ) ろに涙ぐまるるのである。 () してこうして哀愁に包まれた時私が常に為すが如くに今日も君に書く気になったのだ。
 その後生活状態には何も (ことな) りもない。 ただ心だけは常に浮動している。何の事はない運動中枢を失った蛙の如き有様だ。 人生の 愛著者(あいちゃくしゃ) には成りたくて堪らぬのだが、 それには欠くべからざる根本信念がこの幾年眼を皿の如くにして探し回ってるのに未だ補足出来ない。


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