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エントリーNO.238
岩波文庫を1ページ読書
野上弥生子随筆集

解説文(「岩波文庫解説総目録」より引用)

作家野上弥生子(1885-1985)は、夏目漱石の推薦で発表した小説「縁」で、 約80年に及ぶ文筆活動のスタートをきった。 母親としての暖かい愛情、同時代人の文人・学者たちとの交流、 一市民として社会の動きを捉える冷徹な眼----達意の文章25篇を編年順に収めた本書を読むと、 近・現代史を目の当たりに辿る思いがする。

発行
岩波文庫 1995年6月16日 第1刷
編者
竹西 寛子 (たけにし ひろこ)  
タイトル
野上弥生子随筆集 (のがみやえこずいひつしゅう)  
 
上記著作より、本文書き出し1ページを引用

   お守の記
 子供の足がだんだん達者に (はこ) べるようになったとき、 私は彼のために、赤い緒の (ちいさ) い草履と小い羅紗の靴を買いました。 そしてふくよかな 初心(しょしん) な足が、 はじめて土----彼の生涯を (ひら) きはじめたこの地球の土というものの上に印する最初の歩みを可愛く、 もの珍らしく待っておりました。
 うす明るいしとしと雨が続いて、春は暮れて行きます。四、五本のしだれた枝をその雨に濡らして、庭の隅の山吹はしょんぼりとしていました。 少し風気だった荒い雨粒がしぶくと、枝じゅうが大きくゆらいで、黄色い単弁の花が、 お別れが参りましたさようなら、さようならとお辞儀をしながら散って行きました。 雨は散った 花片(はなびら) の上にしとしと降りました。 花片をのせる黒い土の上にしとしと降りました。
 長雨は快活な子供の気分を害しました。彼はうす暗い室内と湿っぽい空気を厭がッて、 平常の如く戸外に連れて行かれることを望みました。


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