エントリーNO.236
岩波文庫を1ページ読書
江戸川乱歩短編集

解説文(「岩波文庫解説総目録」より引用)

大正末期、大震災直後の東京にひとりの異才が登場、 卓抜な着想、緻密な構成、巧みな語り口で読者をひきこむ優れた短篇を次々と発表していった。 日本文学に探偵小説の分野を開拓し普及させた江戸川乱歩(1894-1965)の、デビュー作「二銭銅貨」をはじめ「心理試験」「押絵と旅する男」 など代表作12篇を収録。

発行
岩波文庫 2008年8月19日 第1刷
編者
千葉 俊二 (ちば しゅんじ)  
タイトル
江戸川乱歩短編集 (えどがわらんぽたんぺんしゅう)  
 
上記著作より、本文書き出し1ページを引用

  二銭銅貨
    上
 「あの泥棒が (うらやま) しい。」二人の間にこんな言葉が交されるほど、 その頃は窮迫していた。 場末の貧弱な 下駄屋(げ た や) の二階の、 ただ 一間(ひとま) しかない六畳に、 一貫張(いっかんば) りの破れ机を二つ並べて、 松村武(まつむらたけし) とこの私とが、 変な空想ばかり (たくま) しゅうして、 ゴロゴロしていた頃のお話である。 もう何もかも 行詰(ゆきづま) ってしまって、 動きの取れなかった二人は、ちょうどその頃世間を騒がせた大泥棒の、巧みなやり口を羨むような、 さもしい 心持(こころもち) になっていた。
 その泥棒事件というのが、このお話の本筋に大関係を持っているので、ここにザッとそれをお話しておくことにする。
 芝区のさる大きな電気工場の職工給料日当日の出来事であった。 十数名の賃銀計算係が、一万に近い職工のタイム・カードから、それぞれ一ヵ月の賃銀を計算して、山と積まれた給料袋の中へ、 当日銀行から引出された、一番の 支那鞄(しなかばん) に一杯もあろうという、


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