エントリーNO.210
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山猫

解説文(「岩波文庫解説総目録」より引用)

一八六〇年春、ガリバルディ上陸に動揺するシチリア。 祖国統一戦争のさなか改革派の甥と新興階級の娘の結婚に滅びを予感する貴族。 ストレーガ賞に輝く長編、ヴィスコンティ映画の原作を、初めてイタリア語原典から翻訳。

発行
岩波文庫 2008年3月14日 第1刷
著者名
トマージ・ディ・ランペドゥーサ  
タイトル
山猫 (やまねこ)  
 
上記著作より、本文書き出し1ページを引用

  第T章
       一八六〇年五月
 「いま、そしてわれらが死に (のぞ) むとき。アーメン」
 毎日のロザリオの祈り(数珠を使う夕べの唱和)がたったいま終ったところだった。 半時間の間、 公爵(ブリンチペ) の穏やかな声が、キリストと聖母マリアの受難の苦しみを呼び起こし、 他の人々の声は、きれぎれになりながらも、波のうねりにも似たざわめきを織りなして、愛、純潔、死などといった尋常でない言葉が、金色の花模様となってその声の布地の上で (きら) めいた。 そのざわめきの間、ロココ風の広間は様相を一変させたかと思われた。 絹の壁布の上で虹色の羽根を広げた 鸚鵡(おうむ) でさえも、心なしか怯えているようで、 二つの窓の間のマグダラのマリア像も、いつもなにやら夢見るような眼差しをした、肉づきのいい金髪の美女ではなかった。
 さていまや声はやみ、あたりはいつもの秩序と無秩序を取り戻した。 ドアを開けて召使いたちが出ていくと、閉め出されて 悄気(しょげ) 返っていた、 グレートデン犬のベンディコが入ってきて、しきりと尾を振った。


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