エントリーNO.199
岩波文庫を1ページ読書
神々は渇く

解説文(「岩波文庫解説総目録」より引用)

フランス革命の動乱にまきこまれた純真な若者が断罪する側からされる側へと転じて死んでゆく悲劇を描いた歴史小説。 人間は徳の名において正義を行使するにはあまりにも不完全だから人生の掟は寛容と仁慈でなければならない、 として狂信を排した作者の人間観が克明な描写と迫力あるプロットによってみごとに形象化されている。

発行
岩波文庫 1983年4月20日 第6刷
著者名
アナトール・フランス  
タイトル
神々は渇く (かみがみはかわく)  
 
上記著作より、本文書き出し1ページを引用

    一
 ダヴィッドの弟子の画家で、「ポン=ヌフ」セクション(元の「アンリ四世」セクション)の一員であるエヴァリスト・ガムランは、 朝早くからバルナバ会の旧聖堂に赴いていた。聖堂は三年以来、すなわち一七九〇年五月二十一日以来、セクションの総会の本拠となっていたのである。 この聖堂はパリ裁判所の鉄柵に近い、暗く狭い広場に建っていた。 二つの古典様式から成り、逆になった 渦型持送(うずがたもちおく) りと、 焔を吐いている壺とに飾られ、歳月によって陰気なものと化し、人間によって辱められた正面の、宗教的標章は槌で打ちこわされていた。 そして戸口の上には、<<自由、平等、友愛、然らずんば死>>という共和国の標語が黒い文字で記されていた。 エヴァリスト・ガムランは 身廊(ネフ) の中にはいって行った。 かつては聖パウロ会の聖職者たちが短白衣を着て聖務日課を誦するのが聞かれた円天上の下は、今や、赤い帽子をかぶった愛国者たちが集まって、 自治体(コミユーヌ) となった市の吏員を選挙したり、セクションの諸問題について討議したりする場所と化していた。 聖者たちの像は 壁龕(へきがん) から引き出されて、プルトゥス[ローマの政治家。カエサルの暗殺者]や、 ジャン=ジャック[ルソー]や、ル・ペルティエの胸像がそれに取って代わっていた。


copyrighit (c) 2011 岩波文庫を1ページ読書