エントリーNO.194
岩波文庫を1ページ読書
六号病棟・退屈な話

解説文(「岩波文庫解説総目録」より引用)

世界的名声を得た老教授。だが、その胸の内は、、、。 空しさと無力感----わびしい気分で綴られた手記の形をとる「退屈な話」。 正気と狂気、その境界のあいまいさを突きつけて恐ろしい「六号病棟」。 他に、「脱走者」「チフス」「アニュータ」「敵」「黒衣の僧」を収録。 医者としてのチェーホフをテーマに編んだアンソロジー。

発行
岩波文庫 2009年11月13日 第1刷
著者名
チェーホフ  
タイトル
六号病棟・退屈な話 (ろくごうびょうとう・たいくつなはなし) 他5篇  
 
上記著作より、本文書き出し1ページを引用

  脱走者
 それは長い手続きだった。初め、パーシカは母親につれられて、雨の中を刈入れのすんだ畑や、 長靴に黄色い落葉の () りつく森の小道を 辿(たど) り、夜明け前まで歩きとおした。 そのあと二時間ほど暗い玄関に立ちつくして、戸の () くのを待っていた。 玄関の中は表ほど寒くもなく、じめじめもしていなかったが、風が吹きつけると雨のしぶきがここまで飛んできた。 玄関が次第に混んできたころ、人に押されたままパーシカは、 塩魚(しおざかな) のぷんと (にお) う誰かの 毛皮外套(けがわがいとう) に顔を (もた) せかけて、 とろとろとした。 だがそのとき、かんぬきのはずれる音がして戸が () いたので、 母親といっしょに待合室へ入った。ここでもまた長いこと待たされた。 患者はみなベンチに腰かけて、身じろぎもしないで黙りこくっていた。 (なが) めていると、奇妙な人やおかしな人がたくさんいたが、 パーシカはやっぱり黙っていた。一度だけ、どこかの若者が片足で () びながら待合室へ入って来たとき、 自分も跳んでみたくなった。
(サイト管理人 注 ”かんぬき”漢字見当たらず)


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