エントリーNO.181
岩波文庫を1ページ読書
柿の種

解説文(「岩波文庫解説総目録」より引用)

日常の中の不思議を研究した物理学者で随筆の名手としても知られる寺田寅彦の短文集。 「なるべく心の (せわ) しくない、 ゆっくりした余裕のある時に、一節ずつ間をおいて読んでもらいたい」という願いのこめられた、 味わいの深い一七六篇。(解説=池内 了)

発行
岩波文庫 1996年6月5日 第3刷
著者名
寺田寅彦 (てらだとらひこ)  
タイトル
柿の種 (かきのたね)  
 
上記著作より、本文書き出し1ページを引用

 短章 その一
   捨てた一粒の柿の種
   生えるも生えぬも
   甘いも渋いも
   畑の土のよしあし

 日常の世界と詩歌の世界の境界は、ただ一枚のガラス板で仕切られている。
 このガラスは、初めから曇っていることもある。
 生活の世界のちりによごれて曇っていることもある。
 二つの世界の間の通路としては、ただ小さな狭い穴が一つ明いているだけである。
 しかし、始終二つの世界に出入していると、この穴はだんだん大きくなる。
 しかしまた、この穴は、しばらく出入しないでいると、自然にだんだん狭くなって来る。
 ある人は、初めからこの穴の存在を知らないか、また知っていても別にそれを探そうともしない。
 それは、ガラスが曇っていて、反対の側が見えないためか、あるいは----あまりに忙しいために。


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