エントリーNO.177
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解説文(「岩波文庫解説総目録」より引用) 魯迅が中国社会の救いがたい痛恨と感じたもの、 それは儒教を媒介とする封建社会であった。 狂人の異常心理を通してその力を描く「狂人日記」。 阿Qはその痛恨を作りまたその中で殺される人間である。 こうしたやりきれない暗さの自覚から中国の新しい歩みは始まった。 |
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発行
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岩波文庫 2006年5月25日 第77刷
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著者名
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魯迅 (ろじん)
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タイトル
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阿Q正伝・狂人日記 (あきゅーせいでん・きょうじんにっき) 他12篇
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自序
私も若いころは、たくさん夢を見たものである。あとではあらかた忘れてしまったが、自分でも惜しいとは思わない。
思い出というものは、人を楽しませるものではあるが、時には人を寂しがらせないでもない。
精神の糸に、過ぎ去った寂寞の時をつないでおいたとて、何になろう。
私としてはむしろ、それが完全に忘れられないのが苦しいのである。
その忘れられない一部分が、いまとなって『
私は、かつて四年あまりの間、しょっちゅう----ほとんど毎日、質屋と薬屋にかよいつめた。
年齢は忘れてしまったが、ともかく薬屋のカウンターが私の背丈ほどあり、質屋のそれは背丈の倍ほどあった。
背丈の倍ほどあるカウンターの外から、着物や髪かざりなどをさし出し、さげすまれながら金を受け取り、それから背丈ほどのカウンターへ行って、長わずらいの父のために薬を買った。
家に帰れば帰るで、また仕事が山ほどあった。かかりつけの医者が名医の評判高い人なので、その処方では添加物も奇妙なものばかり----冬に取れた蘆の根、
三年霜にあたった砂糖きび、つがいのコーロギ、実のついた