エントリーNO.166
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解説文(「岩波文庫解説総目録」より引用) 「我が上なる星空と我が内なる道徳律」に限りなき思いを寄せたカント(1724-1804)が、 善と悪、自由意志、自律、義務、人格と人間性など倫理学の根本問題を簡潔平易に論ずる。 彼の倫理学上の主著「実践理性批判」への序論をなし、カント倫理学のみならず、 またカント哲学全般にたいする最も手ごろな入門書ともなっている。 |
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発行
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岩波文庫 1985年9月10日 第30刷
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著者名
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カント
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タイトル
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道徳形而上学原論 (どうとくけいじじょうがくげんろん)
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第一章 道徳に関する普通の理性認識から
哲学的な理性認識への移り行き
我々の住む世界においてはもとより、およそこの世界の外でも、無制限に善とみなされ得るものは、
善意志のほかにはまったく考えることができない。知力、才気、判断力等ばかりではなく一般に精神的才能と呼ばれるようなもの、
-----或いはまた気質の特性としての勇気、果断、目的の遂行における堪忍不抜等が、いろいろな点で善いものであり、望ましいものであることは疑いない、
そこでこれらのものは、自然の賜物と呼ばれるのである。
しかしこれを使用するのは、ほかならぬ我々の意志である、意志の特性は性格であると言われるのは、この故である。
それだからこの意志が善でないと、上記の精神的才能にせよ、或いは気質的特性にせよ、極めて悪性で有害なものになり兼ねないのである。
事情は幸運の賜物についてもまったく同様である。権力、富、名誉はもとより、健康ですらも、-----更にまた身の上の安泰や、現在の境遇に対する満足感をも含めて、
およそ幸福という名のもとに総括されるところのものは、人をして得意ならしめるが、
しかしこれらの幸福の賜物が人間の心情に及ぼす影響を規正するばかりでなく、
またそうすることによって行為の原理全体までも規正して、これを一般的-合目的たらしめるような善意志がないと、彼をしばしば傲慢にするのである。