エントリーNO.131
岩波文庫を1ページ読書

解説文(「岩波文庫解説総目録」より引用)

数千年来の常民に習慣・俗信・伝説には必ずや深い人間的意味があるはずである。 それが考究されて来なかったのは不当ではないか。柳田(1875-1962)の学問的出発点はここにあった。 陸中遠野郷に伝わる口碑を簡古かつ気品ある文章で書きとめた「遠野物語」、および「山の人生」は、柳田学の展開を画する記念碑的労作である。
 解説=桑原武夫

発行
岩波文庫 2010年3月5日 第50刷
著者名
柳田 国男 (やなぎだ くにお)  
タイトル
遠野物語・山の人生 (とうのものがたり・やまのじんせい)  
 
上記著作より、本文書き出し1ページを引用

 この話はすべて 遠野(とうの) の人佐々木鏡石君より聞きたり。 (さく) 明治四十二年二月ごろより始めて夜分おりおり (たず) () たりこの話をせられしを筆記せしなり。 鏡石君は 話上手(はなしじょうず) にはあらざれども誠実なる人なり。 自分もまた一字一句をも 加減(かげん) せず感じたるままを書きたり。 思うに遠野 (ごう) にはこの類の物語なお数百件あるならん。 我々はより多くを聞かんことを切望す。 国内の山村にして遠野よりさらに物深き所にはまた無数の山神山人の伝説あるべし。 願わくはこれを語りて平地人を戦慄せしめよ。この書のごときは 陳勝呉広(ちんしょうごこう) のみ。
 昨年八月の末自分は遠野郷に遊びたり。 花巻(はなまき) より十余里の路上には 町場(まちば) 三ヶ所あり。 その他はただ青き山と原野なり。人煙の 稀少(きしょう) なること北海道 石狩(いしかり) の平野よりも (はなは) だし。 或いは新道なるが故に民居の来たり () ける者少なきか。遠野の城下はすなわち煙花の街なり。 馬を駅亭の主人に借りて (ひと) り郊外の村々を (めぐ) りたり。その馬は黒き海草をもって作りたる 厚房(あつぶさ) () けたり。 (あぶ) 多きためなり。 (さる) (いし) の溪谷は土 () えてよく (ひら) けたり。路傍に石塔の多きこと諸国その比を知らず。 高処より展望すれば 早稲(わせ) まさに熟し 晩稲(ばんとう) 花盛(はなざか) りにて水はことごとく落ちて川にあり。 稲の 色合(いろあ) いは種類によりてさまざまなり。   (サイト管理人 注 「くろき」 旧字見当たらず 「黒き」とする)


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