エントリーNO.125
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解説文(「岩波文庫解説総目録」より引用) 世の尊敬をあつめる初老の作家アッシェンバッハは、旅先のヴェニスでふと出会ったひとりの少年に目をみはった。 ギリシア美を象徴するようなあまりに端麗無比なその姿。心奪われた彼は、夜も日もなく少年のあとを追ってゆく。 見いだした美に知性を眩惑され、死へと突き進んでゆく芸術家の姿を冷徹な筆で描き出す。 |
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発行
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岩波文庫 2010年4月26日 第10刷
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著者名
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トオマス・マン
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タイトル
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ヴェニスに死す (ヴェニスにしす)
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第一章
グスタアフ・アッシェンバッハ----または、彼の五十回目の誕生日以来、彼の名が公式に呼ばれていたとおりに言うと、
フォン・アッシェンバッハは、一九XX年---これはわれわれの大陸に対して、幾月ものあいだ、
じつに脅威的な様子を見せた年だったが---その年の春のある午後、ミュンヘンのプリンツレゲンテン街にある自宅から、
ひとりで、かなり遠くまで散歩に出かけた。午前中の、面倒な危険な、今まさに最大の慎重と周到と、
意志の透徹と細密とを要する労作で興奮しすぎて、この作家は、自分の内部にある生産的な機関の不断の振動を---
キケロによれば、雄弁の本体にほかならぬ、あの「精神のたえざる動き(motus animi continus)」を、中食後にもやはり制止することができなかった。
そして気持を軽くしてくれるまどろみを見いださなかった。これは精力がますます消耗されやすくなっているこのさい、彼にとって、途中で一度はぜひ必要だったのだが。
そこで彼は、茶をのみ終わるとまもなく、空気と運動が元気を回復させ、