エントリーNO.122
岩波文庫を1ページ読書

解説文(「岩波文庫解説総目録」より引用)

美の錬金術師ポオ(1809-1849)。その美への情熱は精確無比な計算と設計にもとづいてあらゆる作品に発揮されており、 読者を怪奇な幻想世界、異常心理の世界へと抗いがたく引きずり込む。 ポオの作に傾倒した若きヴァレリーはあの「数学的アヘン」をけっして忘れることはできぬ、と言った。表題作のほかに「裏切る心臓」「盗まれた手紙」など。

発行
岩波文庫 2010年1月15日 第40刷
著者名
ポオ  
タイトル
黒猫・モルグ街の殺人事件、 (くろねこ・モルグがいのさつじんじけん)他五篇  
 
上記著作より、本文書き出し1ページを引用

 いまここに書き留めようと思う、世にも奇怪な、また世にも単純なこの物語を、私は信じてもらえるとは思わないし、またそう願いもしない。 そうだ、私の目、私の耳が、まず承認を拒もうというこの事件を、他人に信じてもらおうなどとは、まこと狂気の 沙汰(さた) とでもいうべきであろう。 しかも私は、狂ってはいないのだ---夢をみているのでないことも確かだ。だが、私は、もう明日は死んでゆく身だ。せめては今日のうちに、この心の重荷をおろしておきたいのだ。 さしあたり私の目的は、いわばほんの一連の家庭内 些末事(さまつじ) を、ただありのまま、簡潔に、そしていっさいなんの注釈を加えることなく、 世人の前に提供しておきたいのだ。なるほど、結果においては、これら事件は、私を恐怖のどん底にたたきこみ----苦しめ---- そしてついに破壊せしめたのであった。だが、それをいま説明しようとは、思わない。 私にとって、それはほとんど恐怖以外の何物でもなかったが、----多くの人びとにとっては、恐ろしいよりも、むしろ単に 荒唐無稽(こうとうむけい) というにすぎないかもしれぬ。


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