エントリーNO.111
岩波文庫を1ページ読書

解説文(「岩波文庫解説総目録」より引用)

桜の森の満開の下は怖ろしい。妖しいばかりに美しい残酷な女は掻き消えて花びらとなり、 冷たい虚空がはりつめているばかり---。女性とは何者か。肉体と魂。 男と女。安吾にとってそれを問い続けることは自分を凝視することに他ならなかった。 淫蕩、可憐、遊び、退屈、----。すべてはただ(悲しみ)へと収斂していく。 
解説=七北数人

発行
岩波文庫 2010年4月5日 第4刷
著者名
坂口 安吾 (さかぐち あんご)  
タイトル
桜の森の満開の下・白痴 (さくらのもりのまんかいのした・はくち) 他12篇  
 
上記著作より、本文書き出し1ページを引用

  風博士
 諸君は、東京市某区某町某番地なる風博士の邸宅を御存知であろう () ?御存じない。 それは大変残念である。そして諸君は偉大なる風博士を御存知であろうか?御存じない。 それは大変残念である。では偉大なる風博士が自殺したことも御存じないであろうか?ない。 嗚呼(ああ) 。 では諸君は遺書だけが発見されて、偉大なる風博士自体は (よう) として紛失したことも御存じないであろうか?ない。 嗟乎(ああ) 。 では諸君は僕が 其筋(そのすじ) の嫌疑のために並々ならぬ困難を感じていることも御存知ないのであろうか? 於戯(ああ) 。 では諸君は僕が偉大なる風博士の 愛弟子(まなでし) であったことも御存じあるまい。 しかし警察は知っていたのである。 そして其筋の計算に () れば、偉大なる風博士は僕と共謀のうえ遺書を 捏造(ねつぞう) して自殺を装い、 かくてかの憎むべき (たこ) 博士の 名誉毀損(めいよきそん) をたくらんだに相違あるまいと () んだのである。 諸君、これは明らかに誤解である。何となれば偉大なる風博士は自殺したからである。 果して自殺した乎? (しか) り、偉大なる風博士は紛失したのである。 諸君は軽率に真理を疑っていいのであろうか?なぜならそれは、 諸君の生涯に様々な不運を (もた) らすに相違ないからである。


copyrighit (c) 2011 岩波文庫を1ページ読書