エントリーNO.109
岩波文庫を1ページ読書

解説文(「岩波文庫解説総目録」より引用)

徳川幕府崩壊とともに三一歳で隠居し、ヨーロッパを一民間人として漫遊した成島柳北(1837-84)。 幕府外国奉行として渡欧した栗本鋤雲(1822-97)。祖国のために観察した現役の外交官鋤雲と、心の赴くままに漫歩した自由人柳北の、二つの西洋見聞録。

発行
岩波文庫 2009年11月25日 第2刷
校註者
井田 進也 (いだ しんや)  
タイトル
幕末維新パリ見聞記 (ばくまついしんパリけんぶんき)  
 
上記著作より、本文書き出し1ページを引用

  航西日乗
 本願寺東派の 法嗣現如(ほうしげんにょ) 上人、 (まさ) 印度(インド) に航し、転じて欧州に (おもむ) き、 () の教会を巡覧せばやと思い立たれ、余に同行せよと語られしは、 壬申の八月中旬にて有りき。余の喜び知る () きなり。 随行の人々は 石川舜台(いしかわしゅんたい) 松本白華(まつもとはっか) 関信三(せきしんぞう) の三氏と定めらる。 余は先発して横浜に赴き諸事を管理せよとのことにて、 九月十二日甲午月曜( (すなわち) 西暦十月十四日 (なり) )晴、午前東京を発す。 此行故(このこうゆえ) 有りて家内 (ならび) に親戚朋友にも告げずして 立出(たちいで) ぬれば、 送る人とては無し。 () だ発途の際 箕作秋坪(みつくりしゅうへい) 翁を () ひ、 (ひそ) かに其の事を告げて去る。 翁深く驚き且つ (おおい) に壮遊を 欣賀(きんが) せられたり。 横浜に (いた) 橘屋磯兵衛(たちばなやいそべえ) の家に投じ旅装を () す。 白華・信三 (また) 至る。 徹宵(てつしょう) 事有て (いぬ) るを得ず。
 十三日、火曜、好晴。十二時、上人、舜台を (ひき) て横浜に来たられ、 西村右兵衛(にしむらうへい) の家に憩ふ。 相共に 一酌(いっしゃく) して諸子に別れを告げ、第七時、月明に乗じ仏国の郵船ゴタベリイに乗り組む。 今夕は 継華(けいか) 佳辰(かしん) なり。二絶あり。


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