エントリーNO.104
岩波文庫を1ページ読書

解説文(「岩波文庫解説総目録」より引用)

「努力している、もしくは努力せんとしている、ということを忘れていて、我がなせることがおのずからなる努力であってほしい。 そうなったらそれは努力の真諦であり、醍醐味である」。何ごともままならぬこの世にあって、いたずらに悩み苦しまずに、のびのびと勢いよく生きるにはどうすればよいか----人生の達人露伴の説く人生論。

発行
岩波文庫 2010年4月26日 第14刷
著者名
幸田 露伴 (こうだ ろはん)  
タイトル
努力論 (どりょくろん)  
 
上記著作より、本文書き出し1ページを引用

   運命と人力と
 世にいわゆる運命というが如きものなければ 則(すなわ) ち 已(や) む、 もし真にいわゆる運命というが如きこれありとすれば、 必らずや個人、もしくは団体、もしくは国家、もしくは世界、 則ち運命の支配を受くべきものと、これを支配するところの運命との間に、 何らかの関係の締結約束され居るものがなくてはならぬ。 勿論 古(いにしえ) よりの英雄豪傑には、「我は運命に支配せらるるを好まず、 我自ら運命を支配すべきのみ」というが如き、 熱烈 鷙悍(しかん) の感情意気を有したものの存することは争われぬ事実で、 彼の「天子は 命(めい) を造る、命を言うべからず」と喝破した言の如きも、 「天子というものは人間における大権の所有者で、 造物者の絶対権を有するが如くに命を造るべきものである、 それが命の我に利せざるを嘆じたりなんどするというが如き薄弱なことのあるべきものではない」と英雄的に 道(い) い放したものである。 如何(いか) にも面白い言であって、 およそ英雄的性格を有して居る人には、 毎(つね) に 是(かく) の 如(ごと) き意気感情が多少存在して居るものといってもよい 位(くらい) であって、 そしてまた是の如き激烈猛勇の意気感情を抱いて居るものは、即ち英雄的性格の人物である一徴といっても 差支(さしつかえ) ない位である。


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