エントリーNO.471
岩波文庫を1ページ読書
とどめの一撃

解説文(「岩波文庫解説総目録」或いは、表紙より引用)

「エリック!なんて変わったんでしょう!」ともに少年期を過ごした館に帰り着いたエリック、 コンラートのふたりを迎えたのはコンラートの姉ソフィーだった。 第一次世界大戦とロシア革命の動乱期、バルト海沿岸地方の混乱を背景に3人の男女の愛と死のドラマが展開する。 フランスの女流作家ユルスナール(1903-87)の傑作。

発行
岩波文庫 1995年8月18日 第1刷
著者名
ユルスナール  
タイトル
とどめの一撃 (とどめのいちげき)  
 
上記著作より、本文書き出し1ページを引用

 朝の五時、雨が降っていた。サラゴサをまえにして負傷し、イタリアの病院船で手当を受けたエリック・フォン・ローモンは、 ピサ駅の軽食堂で、自分をドイツに連れもどしてくれるはずの列車を待っていた。 四十がらみという年齢にもかかわらず美しく、一種厳しい若さに凝り固ったようなエリック・フォン・ローモンは、 フランス人の祖先やバルト海沿岸生まれの母、それにプロシャ人の父から、ほっそりした横顔、 薄青の眼、高い背丈、ごくまれにしか見せない微笑の尊大さ、そして踵を打ち鳴らす癖を受け継いでいた。 もっとも、今はもうそんなこともできなかった。足を骨折し包帯でぐるぐる巻かれていたからだ。 感じやすい人々が内心を打ち明け、罪を犯した連中が白状し、もっとも口数の少ない人々さえ、 四方山話(よもやまばなし) 、思い出話のたぐいで眠気と戦う時刻、あの犬と狼の区別もつかぬ時刻になっていた。


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