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エントリーNO.1
岩波文庫を1ページ読書

           解説文(「岩波文庫解説総目録」より引用)
この小説の主人公である「先生」は、かつての親友を裏切って死に追いやった過去を背負い、 罪の意識にさいなまれつつ、まるで生命をひきずるようにして生きている。 と、そこへ明治天皇が亡くなり、後をおって乃木大将が殉死するという事件がおこった。 「先生」もまた死を決意する。だが、なぜ・・・。
           解説=古井由吉 注=大野淳一

発行
 岩波文庫 2008年6月5日 第119刷
著者名
 夏目 漱石 (なつめ そうせき)
タイトル
 こころ
                    上記著作より、本文書き出し1ページを引用

                        上 先生と私
                           一
  (わたくし) はその人を常に先生と呼んでいた。 だから 此所(ここ) でもただ先生と書くだけで本名は打ち明けない。 これは世間を (はば) かる遠慮というよりも、その方が私にとって自然だからである。 私はその人の記憶を呼び起こすごとに、すぐ「先生」といいたくなる。筆を執っても気持ちは同じ事である。 よそよそしい 頭文字(かしらもじ) などはとても使う気にならない。
 私が先生と () (あい) になったのは 鎌倉(かまくら*) である。 そのとき私はまだ若々しい書生であった。暑中休暇を利用して海水() に行った友達からぜひ来いという端書を受け取ったので、 私は多少の金を 工面(くめん) して、 出掛(でかけ) ける事にした。 私は金の工面に () 三日(さんち) を費やした。 ところが私が鎌倉に着いて三日と () たないうちに、 私を呼び寄せた友達は、急に国元から帰れという電報を受け取った。 電報には母が病気だからと断ってあったけれども友達はそれを信じなかった。 友達はかねてから国元にいる親たちに (すす) まない結婚を強いられていた。 彼は現代の習慣からいうと結婚するにはあまり年が若過ぎた。 それに肝心の当人が気に入らなかった。それで夏休みに当然帰るべきところを、わざと避けて東京の近くで遊んでいたのである。

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