エントリーNO.451
岩波文庫を1ページ読書
コロンブス 全航海の報告

解説文(「岩波文庫解説総目録」或いは、表紙より引用)

新天地を発見した第一次航海、大船団を組み出帆するも、部下の反抗、原住民の蜂起に遭ってエスパニョーラ島の統治が困難となった第二次航海、 鉄鎖を付され本国に送還された第三次航海、そして失意の第四次航海----。 4回にわたる全航海の様子と成果について、コロンブス(1451-1506)自らが、またその航海の同行者が国王や貴顕に宛てて認めた主要な報告書簡のすべて。

発行
岩波文庫 2011年2月16日 第1刷
訳者
林屋 永吉 (はやしや えいきち)  
タイトル
コロンブス 全航海の報告 (コロンブス ぜんこうかいのほうこく)  
 
上記著作より、本文書き出し1ページを引用

  第一次航海の報告
    第一次航海について
 第一次航海は約九十名の乗組員を乗せた三隻の船をもって開始された。 一四九二年八月三日パロスの港を出帆した船隊は、八月十二日カナリア諸島ゴメラ島のサン・セバスティアンに入港し、修理等を行なって船隊を整え、九月六日同島を出帆した。 そして十月十二日、現在のバハマ諸島のワトリング島に達し、つづいて同諸島の島々を発見してのち、 十月二十八日キューバ島の北岸に到着して海岸線の諸点を探検、十二月六日ハイティ(エスパニョーラ)島に到着した。 同島では約一ヶ月滞在し、その間にナビダーの (とりで) を築き、 三十九名を同地に残留せしめて一四九三年一月四日出帆帰国の途についた。 船隊は、さきに同島沖でサンタ・マリア号が座礁して放棄の止むなきに至っていたため、 ニーニャ、ピンタの二隻となっていたが、二月十四日アゾーレス諸島沖で嵐に遭い、二隻は離ればなれとなり、コロンの搭乗していたニーニャ号のみが同諸島に到着した。 本文に訳した第一次航海の成果を告げた計理官ルイス・デ・サンタンヘル宛の書簡はここで書かれている。 そしてニーニャ号は二月二十四日サンタ・マリア島を出たが、三月三日またもや大嵐に遭い、翌四日辛うじてリスボン港に到着、三月十五日、パロス港に帰着した。


copyrighit (c) 2011 岩波文庫を1ページ読書