エントリーNO.361
岩波文庫を1ページ読書
漱石文明論集

解説文(「岩波文庫解説総目録」或いは、表紙より引用)

圧倒的な優位にたつ西洋文明を向うにまわし漱石は「自己本位」の立場を同時代のだれにもまして痛切に生きた。 血のにじむようなその苦闘の跡を示す「現代日本の開化」「私の個人主義」など5篇の講演記録を中心に、 かれの最も奥深いところから響いてくる肉声というべき日記・断片・書簡を抄録した。 「漱石文芸論集」と対をなす。注=古川久

発行
岩波文庫 1986年12月10日 第2刷
編者
三好 行雄 (みよし ゆきお)  
タイトル
漱石文明論集 (そうせきぶんめいろんしゅう)  
 
上記著作より、本文書き出し1ページを引用

    現代日本の開化
           ----明治四十四年八月和歌山において述----
  (はなは) だお暑いことで、 こう暑くては多人数お寄合になって演説などお聴きななるのは定めしお苦しいだろうと思います。 殊に (うけたまわ) れば昨日も何か演説会があったそうで、 そう同じ (もよお) しが続いてはいくら (あた) らない 保証(ほしょう) のあるものでも多少は 流行過(はやりすぎ) の気味で、 お聴きになるのもよほど御困難だろうとお察し申します。 が演説をやる方の身になって見てもそう楽ではありません。 殊にただいま (まき) 君の紹介で漱石くんの演説は 紆余曲折(うよきょくせつ) の妙があるとか何とかいう広告めいた賛辞を 頂戴(ちょうだい) した後に出て同君の 吹聴(ふいちょう) 通りを () ろうとするとあたかも紆余曲折の妙を (きわ) めるための芸当をご覧に入れるために登壇したようなもので、 いやしくもその妙を極めなければ () りることが出来ないような気がして、 いやが上に遣りにくい 羽目(はめ) (おちい) ってしまう訳であります。 実は 此処(ここ) へ出て参る前ちょっと 先番(せんばん) の牧君に相談を掛けた事があるのです。 これは内々ですが思い切って打ち明けて御話ししてしまいます。 というほどの秘密でもありませんが、全くの所今日の講演は長時間諸君に対して御話をする材料が不足のような気がしてならなかったから、 牧さんにあなたの方は少しは伸ばせますかと聞いたのです。 すると牧君は自分の方は伸ばせばいくらでも伸びると 気丈夫(きじょうぶ) な返事をしてくれたので、 (たちま) 親船(おやぶね) に乗ったような心持ちになって それじゃァ少し伸ばして戴きたいと頼んで置きました。


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