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エントリーNO.28
岩波文庫を1ページ読書

           解説文(「岩波文庫解説総目録」より引用)
西田幾多郎(1870-1945)は、主観と客観、 精神と物質などをいかに統一するかという哲学上の根本問題の解決を、 直接にあたえられた純粋経験に求め、 そこから出発して知識・道徳・宗教の一切を基礎づけようとした。 処女作である本書はのちの西田哲学の出発点となったもので、 明治以後、日本人の手になる最初の哲学書といわれ、 多くの人に迎えられて今日に及んでいる。
        解説=下村寅太郎

発行
 岩波文庫 2008年4月24日 第96刷
著者名
 西田 幾多郎 (にしだ きたろう)
タイトル
 善の研究 (ぜんのけんきゅう)
                    上記著作より、本文書き出し1ページを引用

第一編 純粋経験
  第一章 純粋経験
 経験するというのは事実 其儘(そのまま) に知るの意である。 全く自己の細工を棄てて、事実に従うて知るのである。 純粋というのは、普通に経験といっている者もその実は何らかの思想を交えているから、 (ごう) も思慮分別を加えない、真に経験其儘の状態をいうのである。 たとえば、色を見、音を聞く 刹那(せつな) 、 未だこれが外物の作用であるとか、我がこれを感じているとかいうような考のないのみならず、 この色、この音は何であるという判断すら加わらない前をいうのである。 それで純粋経験は直接経験と同一である。自己の意識状態を直下に経験した時、 未だ主もなく客もない、知識とその対象とが全く合一している。 これが経験の最醇なる者である。

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