エントリーNO.257
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眼中の人

解説文(「岩波文庫解説総目録」より引用)

年少より鴎外・荷風に傾倒していた著者(1894-1994)が、 芥川竜之介や菊池寛の知遇を得て、文学に開眼してゆく経緯をつぶさに描いた自伝的長編小説。 文学修業の途上で自分を啓発してくれた人々をつねに眼中にあって忘れられない人として語る大正文檀史でもある。 鈴木三重吉や『赤い鳥』にまつわるエピソードも興味ぶかい。(解説=大河内昭爾)

発行
岩波文庫 1995年4月17日 第1刷
著者名
小島 政二郎 (こじま せいじろう)  
タイトル
眼中の人 (がんちゅうのひと)  
 
上記著作より、本文書き出し1ページを引用

    一
 日曜日が、 芥川竜之介(あくたがわりゅのすけ) の面会日だった。 私は、 佐佐木茂索(さ さ き も さ く) などと一緒にそこの 定連(じょうれん) だった。 芥川竜之介は、私などより二つしか年上でなかったが、----まだ三十前だったが、新進の小説家中の花形で、 大家を (しの) ぐ流行児だった。 その上、海軍機関学校の教官を勤めていた。文学に関する学殖は、あす大学教授に任ぜられても困らないだろうといわれていた。 書斎には和漢洋の書籍を (うらや) ましいほど沢山持っていた。 実際、私は、慶應義塾の文科で学んだことよりももっといろいろな知識や、鑑賞の態度や、文学の本質についてなど---少なくとも、 文学の微妙な神髄を、ここの書斎での談話から学んだ。
 私は 三田(みた) 出、芥川は 赤門(あかもん) 出と出身は違っていたが、 『 羅生門(らしょうもん) 』という短篇集を読んで、すっかり芥川に傾倒したのだった。 傾倒したばかりでなく、私は血の近さを感じた。
 芥川が文名隆々たるに反して、私は『三田文学』へ二つ三つの作品を発表したばかりの無名作家に過ぎなかった。 もう少し色を附けていうならば、『三田文学』だけでの有望な新進作家だった。


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